門田充宏(もんでんみつひろ)は、1967年生まれ。最近の新人作家の中ではベテラン年齢といえるかもしれないが、第5回創元SF短編賞受賞(2014)後、同時受賞した高島雄哉『ランドスケープと夏の定理』とともに初の短編集上梓となる(後半2作は書下ろし)。本書の場合も、『ランドスケープ……』と同様、設定を共有するオムニバス形式の連作短編集である。
風牙:主人公はインタープリタである。人の記憶の中に潜り込み、その内容を汎用的に読み出せるよう翻訳する仕事なのだ。ある人の記憶を探る中で、彼女は少年と一匹の犬〈風牙〉に出会う。閉鎖回路:ベータテスト中の疑験都市〈九龍〉。中でもテスターに人気だったゲーム〈閉鎖回路〉が異常をきたす。主人公は調査の途中、経験のない大きな恐怖を感じ取る。みなもとに還る:会社に送り付けられたコンテンツは、彼女に〈おおきなみなもと〉への導きに従うよう促すものだった。虚ろの座:自分の元を去った妻と子を探す男は、私立探偵から〈みなもと〉の存在を示唆される。
サイコダイバー(この呼び方は夢枕獏で有名になった。小松左京はサイコ・デテクティヴと記載している。サイコダイビング、メンタルダイブとか、人によってさまざま)もの。何らかの理由で外部との接触を断った、あるいは正常な反応を返さない人間(あるいは知的生命)の精神に直接潜るダイバー/潜水士を描く物語である。このテーマでは、精神の奥底は不条理ながらもビジュアルに描かれる。だから、言葉だけで説明をする心理分析官ではなく、ダイバーがふさわしい。本書の主人公は、HSP(ハイ・センシティブ・パーソナリティ)という高感度の共感能力者なので、対象人物の記憶を文字通り自分の中に複写することができる。過剰な能力を電子的な装置、共感能力抑制ジャマーや、精神を安定させるトランキライザ、人工知能の相棒〈孫子〉の助けを借りて制御しながら任務を果たすのだ。
表題作が受賞作なのだが、当時の選評を読むと「完成度は高く、ミステリー系の短編小説新人賞でも問題なく受賞できる水準にある」(大森)、「アクション描写も達者で、完成度の高い短編に仕上がっている」(日下)、「最初に読んだときあまりにも面白く、もう他の候補作をは読まなくても決まりじゃないかと思ったほど」(瀬名)などと絶賛されている。一方、SF新人賞に値する新味がないとの指摘もあった。
本書では弱点を補強する形で、インタープリターによる人格コピーの用途などアイデア面の追加、主人公の出自の明瞭化(両親との関係)が行われている。登場人物の厚みが増したようだ。仲間やAIの助けなしでは生きていけない弱さに苦しみながら、だんだんと自己を確立していく主人公が印象的である。唯一大阪弁をしゃべる主人公は、じゃりン子チエなのかと思ったがちょっと違う(著者は11才まで大阪に住んでいた)。