2018/11/4

藤井太洋『ハロー・ワールド』(講談社)

藤井太洋『ハロー・ワールド』(講談社)

装丁:川名潤

 著者の最新短編集。小説現代に掲載した4つの長めの短編(2016−17年、百枚前後)に、書下ろし中編「めぐみの雨が降る」を加えた5作から成るもの。主人公のITエンジニアが体験する事件が、時間軸に沿って流れるオムニバス形式になっている。

 ハロー・ワールド:派遣社員でITの何でも屋をやってきた主人公は、自分が書いたiPhoneの広告遮断アプリが、ある日意外なダウンロード数を記録していることに気が付く。行き先は特異点:主人公は、ラスベガスで出展する商品を運ぶ途中、カリフォルニアの田舎道で交通事故にあう。しかし、そこはあらゆるものを引き寄せる特異点なのだった。五色革命:タイの現地事務所でトレーニング出張中、主人公は道路を埋め尽くすデモ隊に帰国を阻まれる。巨像の肩に乗って:大手SNSまで国家管理の置かれるようになったことに危機感を憶え、主人公はマストドンの上で追跡不能のサイトを立ち上げようとする。めぐみの雨が降る:謎のグループに事実上拉致された主人公は、ある仮想通貨について思ってもみない提案を受ける。

 何でも屋という言葉から連想するよりも、主人公文椎泰洋(ふずいやすひろ)はずっと自由な存在で描かれている。無任所のトラブルシュータ―のような立ち位置だ。業務の傍ら、知り合った仲間とスマホのアプリ開発をし、束縛を嫌い自由を確保するための独自の暗号化サイトを立ち上げたりする。ただ、文椎は反中反米といったイデオロギー的な反逆者ではない。どの国の人であっても、仲間を作り味方を増やしていく公平さを併せ持っている。物語は巻き込まれ型展開だが、主人公は積極果敢に決定をこなし、忖度に左右されない真っ当な倫理観を見せてくれる。人間嫌いのオタク風に描かれやすいIT系キャラを、ふつうの魅力ある人間に仕立て上げた点がユニークである。

 このシリーズでは、Amazon購入の特典短編で、特別番外編「ロストバゲージ」(pdf版)を読むことができる。著者の実体験をヒントに書かれたものだ。大きな事件は何も起こらず、標題そのものの出来事が空港スタッフとの対話の中でポジティヴに切り取られる。またシリーズ外になるがkindle singleの短編「おうむの夢と操り人形」は、ロボットや人工知能の話と見せながら、実は人間の思考の在り方、感情の在り方を考えさせる物語になっている。人と人との結びつきを重視する作者ならではだろう。


2018/11/11

門田充宏『風牙』(東京創元社)

門田充宏『風牙』(東京創元社)

装画:しおん、装幀:岩郷重力+S.K

 門田充宏(もんでんみつひろ)は、1967年生まれ。最近の新人作家の中ではベテラン年齢といえるかもしれないが、第5回創元SF短編賞受賞(2014)後、同時受賞した高島雄哉『ランドスケープと夏の定理』とともに初の短編集上梓となる(後半2作は書下ろし)。本書の場合も、『ランドスケープ……』と同様、設定を共有するオムニバス形式の連作短編集である。

 風牙:主人公はインタープリタである。人の記憶の中に潜り込み、その内容を汎用的に読み出せるよう翻訳する仕事なのだ。ある人の記憶を探る中で、彼女は少年と一匹の犬〈風牙〉に出会う。閉鎖回路:ベータテスト中の疑験都市〈九龍〉。中でもテスターに人気だったゲーム〈閉鎖回路〉が異常をきたす。主人公は調査の途中、経験のない大きな恐怖を感じ取る。みなもとに還る:会社に送り付けられたコンテンツは、彼女に〈おおきなみなもと〉への導きに従うよう促すものだった。虚ろの座:自分の元を去った妻と子を探す男は、私立探偵から〈みなもと〉の存在を示唆される。

 サイコダイバー(この呼び方は夢枕獏で有名になった。小松左京はサイコ・デテクティヴと記載している。サイコダイビング、メンタルダイブとか、人によってさまざま)もの。何らかの理由で外部との接触を断った、あるいは正常な反応を返さない人間(あるいは知的生命)の精神に直接潜るダイバー/潜水士を描く物語である。このテーマでは、精神の奥底は不条理ながらもビジュアルに描かれる。だから、言葉だけで説明をする心理分析官ではなく、ダイバーがふさわしい。本書の主人公は、HSP(ハイ・センシティブ・パーソナリティ)という高感度の共感能力者なので、対象人物の記憶を文字通り自分の中に複写することができる。過剰な能力を電子的な装置、共感能力抑制ジャマーや、精神を安定させるトランキライザ、人工知能の相棒〈孫子〉の助けを借りて制御しながら任務を果たすのだ。

 表題作が受賞作なのだが、当時の選評を読むと「完成度は高く、ミステリー系の短編小説新人賞でも問題なく受賞できる水準にある」(大森)、「アクション描写も達者で、完成度の高い短編に仕上がっている」(日下)、「最初に読んだときあまりにも面白く、もう他の候補作をは読まなくても決まりじゃないかと思ったほど」(瀬名)などと絶賛されている。一方、SF新人賞に値する新味がないとの指摘もあった。

 本書では弱点を補強する形で、インタープリターによる人格コピーの用途などアイデア面の追加、主人公の出自の明瞭化(両親との関係)が行われている。登場人物の厚みが増したようだ。仲間やAIの助けなしでは生きていけない弱さに苦しみながら、だんだんと自己を確立していく主人公が印象的である。唯一大阪弁をしゃべる主人公は、じゃりン子チエなのかと思ったがちょっと違う(著者は11才まで大阪に住んでいた)。


2018/11/18

ヤロスラフ・オルシャ・Jr編『チェコSF短編小説集』(平凡社)

ヤロスラフ・オルシャ・Jr編『チェコSF短編小説集』(平凡社)
平野清美編訳(日本版オリジナル)

カラー図版:ヨゼフ・チャペック「通り」(部分)、装幀:中垣信夫

 編訳者が進めていたチェコSFの日本オリジナル傑作選に、チェコのSFに造詣の深い外交官ヤロスラフ・オルシャ(各国大使を歴任)が協力、また解題にはSF編集者イヴァン・アダモヴィッチが当たるという国際的陣容で造られた作品集だ。比較的短い11編を収録(抄訳を含む)。出版に際してはチェコセンター(大使館)でトークイベントが開かれるなど、話題を呼んだ。

 オーストリアの税関(1912) ヤロスラフ・ハシェク:サイボーグ化された主人公に難癖をつける官僚的な税関員。再教育された人々(1931)ヤン・バルダ:書物など過去の記録が封印され、子どもまでが共有化された社会。大洪水(1938)カレル・チャペック: 40日間降り続いた大雨の中で、1人の老人はなぜか超然としていた。裏目に出た発明(1960)ヨゼフ・ネスヴァドバ:万能の自動機械オートマットの発明により、人類は労働から解放される。デセプション・ベイの化け物(1969)ルドヴィーク・ソウチェク:NASAの過酷な宇宙飛行士訓練を受けた男たちは、最終試験のためカナダの北端に派遣されるが。オオカミ男(1976)ヤロスラフ・ヴァイス:大学教授はあるとき一匹の犬の中に自分がいることに気が付く。来訪者(1982)ラジスラフ・クビツ:強引に部屋を要求する来訪者の正体とは。わがアゴニーにて(1988)エヴァ・ハウゼロヴァー:全てが人工化されたクランに、自然中心のコスモポリスから訪問者がやってくる。クレー射撃にみたてた月飛行(1989)パヴェル・コサチーク:月着陸を目指すもう一人の大統領ケネディの奇妙な生涯。ブラッドベリの影(1989)フランチシェク・ノヴォトニー:火星に着陸した探査チームはそこに存在するはずのないものを目の当りにする。終わりよければすべてよし(2000)オンドジェイ・ネフ:時間旅行で斬新な視点を考案した男へのインタビュー。

 何しろ初のチェコSFアンソロジーなので、できるだけ歴史的な流れが概観できるように採られている。チェコの20世紀はオーストリア・ハンガリー帝国下で始まり(1918まで)、独立後も一部がドイツの保護領化、プラハの春(68)を挟む共産主義政権(46-89)、ビロード革命(89)、スロバキアとの分離(92)と何度も激流に揉まれてきた。本書の作品は、その流れの中で書かれたものだ。ハシェク(SF作品は未紹介)、チャペックとネスヴァドバ以外の作家は初紹介になる。

 ハシェク、バルダ、チャペックなど初期の作品は社会風刺色が強くなる。ネスヴァドバは、ロボット(最近ではAI)に対する人間の本能的な嫌悪を象徴するお話だ。そこに中期のソウチェク、ヴァイスでは物語の面白さが加わり、後期の環境問題を匂わせるハウゼロヴァーや、バラードの濃縮小説を捻ったコサチーク、レムの影響を感じるノヴォトニーらは現代的なSFである。

 編訳者あとがきによると、チェコでは毎年500冊のSF/ファンタジイ作品が出版されるという。点数でいえば、日本と同等の水準になる。人口比では10分の1に満たないのだから、SFの受け入れられ方は日本以上といえる。幸いにも本編は好評だったようなので、次作では21世紀現在の新しい作品を読んでみたい。


2018/11/25

ムア・ラファティ『六つの航跡(上)』(東京創元社) ムア・ラファティ『六つの航跡(下)』(東京創元社)

ムア・ラファティ『六つの航跡(上下)』(東京創元社)
Six Wakes,2017(茂木健訳)

カラーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 著者は1973年生まれの米国作家。昨年、ファンタジイ長編『魔物のためのニューヨーク案内』が紹介されている。2013年ジョン・W・キャンベル新人賞(ヒューゴー賞で同時発表される)を受賞し、本書がヒューゴー賞などメジャーな賞の最終候補に上がるなど注目を集める作家だ。ネットでは複数のポッドキャスト番組を主催しており、2018年ヒューゴー賞ファンキャスト部門(ヒューゴー賞はファン活動に対する部門がいくつかあり、これはポッドキャスト番組に対するもの)を受賞している。

 恒星間移民船ドルミーレ号は、2500名の冷凍睡眠者を乗せた巨大な宇宙船である。出発して25年目のある日、宇宙船のメンテナンスを担当する6人の乗組員は、25年分の記憶を失ったまま突然蘇生する。緊急事態を受けて、クローン再生されたのだ。居住区には、彼らの先代の死体が放置されていた。殺人犯はいったい誰なのか。閉鎖された宇宙船内、少なくともこの6人の中の1人であることは間違いない。しかし、全員が元犯罪者であり、隠された動機を持っているのだ。

 舞台は25世紀、物語の背景としてクローンの存在がある。この時代のクローン技術は人間を(バックアップされた記憶を含めて)完璧に再生できる。ただし、同じ人間は重複して存在できない。見かけ上、無限の寿命を持つ超人的存在ともいえる。人為的な優生化を避けるため、遺伝子の改変は違法という制約条件なども課されている。過去には寿命を持つ人間との間で、激しい抗争事件も起こっていた。

 もちろんこの物語には、上記の社会的制約を破る、ある種の犯罪行為が絡んでくる。宇宙船を舞台にした密室殺人に、SFらしい味付けを施したわけだ。全員がクローンかつ全員が犯罪者の6人の登場人物を中心に、複数の伏線が張られ(犯罪者なので、暗い過去にまつわる秘密を持つ)、それぞれ結末段階で回収されているのは立派。緻密に作品構成から作られていることが分かる。

 設定も複雑、登場人物も複雑なので、ミステリ長編としてまとめるには相当な実力が必要だろう。さすがに構造的に作り物めいた部分(無理な部分)もあるが、先の読めない(犯人が分からない)密室ミステリSFとしてよく出来ている。