ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』(竹書房) The Dragon Griaule,2012(内田昌之訳)
カバーイラスト:日田慶治、カバーデザイン:坂田公一(welle design)
ルーシャス・シェパードは、クリストファー・プリースト、サミュエル・ディレイニーらと同年代の作家だ。とはいえ、サイバーパンクなど何らかのムーヴメントに属したわけではない。80年代後半にハヤカワや新潮社などで初期作が翻訳され人気を得たが、その後紹介の機会は減る。2014年に71歳で亡くなったこともあり、もはや翻訳は出ないと思われていた。著者唯一のシリーズ《グリオール》の刊行は快挙といえる。
表題作は1987年にSFマガジンに掲載され話題になったもの(新潮文庫の『ジャガー・ハンター』や、ハヤカワ文庫『80年代SF傑作選』にも収録)。田中啓文が「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」というオマージュ作品を書いたほどである。本書は改訳版だが、ノヴェラ(長中編)2作を含む前半の3作は、その人気もあって30年近く前に既に翻訳されていた。最後の4作目が初訳になる。さらに著者による作品解題や、おおしまゆたか(翻訳家大島豊)による24ページに及ぶ詳細な解説も付いている。
竜のグリオールに絵を描いた男:はるか昔に魔法使いと戦い動けなくなった巨竜グリオールは、長さ1マイルの巨体の上に森ができ湖ができるほど歳を経ていた。しかし、グリオールは未だに生きており、近在に住む人々を操るといわれている。あるとき一人の男が巨竜に絵を描くことで、竜を殺せると申し出る。鱗狩人の美しき娘:人に追われてグリオールの口から体内に入った女は、そこに住む種族に囚われ、奇怪な竜の内臓を巡る旅をする。始祖の石:竜を信奉する教祖が殺される。犯人は娘を宗教に奪われた父親だった。その行為に情状酌量があるのか、何か隠された裏があるのか。弁護人は娘に蠱惑されながら思い悩む。嘘つきの館:ある日、男はグリオールの上を舞う竜を目撃する。竜は一人の女に変化して、男と同棲するようになる。女の目的は何なのか。
グリオール自身は動くことができない。あまりに大きいために、姿は自然の風景と見分けがつかない。それでも、竜は生きている。人々の根源に潜む竜への恐怖心を乗り越えるのは、竜の鱗や副産物で儲けようとする人間の浅ましい欲望だけなのである。そんな卑しい思い自体が、竜の影響下にある証拠かもしれない。本書では人の欲(金銭欲、性欲、名誉欲)が渦巻く。これが登場人物たちの自由意志なのか、竜の(他者に洗脳された)意志なのかが一つの大きなテーマとなっている。一般的なSF/ファンタジイでも同様のテーマはあるのだが、シェパードの緻密な文体と設定のユニークさが相まって、ヴァリエーション豊かな物語を読むことができる。
《グリオール》にはこの他に2作のノヴェラ、1作の長編がある。本書は内容、翻訳、イラスト/デザイン、解説を含め大変素晴らしい出来なので、続巻を願いたいところだ。
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