2004/4/4

ジェイムズ・P・ブレイロック『魔法の眼鏡』(早川書房)

ジェイムズ・P・ブレイロック『魔法の眼鏡』(早川書房)
The Magic Spectacles,1991(中村融訳)
     
カバーイラスト:ジョン・シェリー、カバーデザイン:守先正+桐畑恭子
 

 久しぶりのブレイロックになる。1989年に『ホムンクルス』(1986)と『リバイアサン』(1984)が、91年に『夢の国』(1987)の計3冊が出てから10数年、今でも入手可能なのは、2002年に『真夏の夜の魔法』と改題された『夢の国』のみである。
 勝気な弟と、ちょっと気の弱い兄の兄弟は、町に突然できた骨董店の店先で、ビー玉の詰まった金魚鉢と不思議な眼鏡を発見する。その眼鏡をかけると、何の変哲もない窓の外に、まったく見知らぬ世界が広がって見えるのだ。窓を抜けると、そこには魔法の森があり、太ったおじさん、少女と母親らが住んでいた。ゴブリンや小人たちまでが住む、魔法の世界の秘密とは。
 ブレイロックが描くファンタジイだけあって、本書の魔法には理由付けがなされている。ある種のサイキックものと言っていいかもしれない。たとえば、ニール・ゲイマン『コラライン』のように、人の心の奥底に潜む魔法的な闇を象徴するものだ。とはいえ、その闇の克服手段が単に心理的なものではないところは、作者流の工夫といっていいだろう。

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bullet 翻訳作品リスト(「翻訳作品集成」より)
 

2004/4/11

西島大介『凹村戦争』(早川書房)

西島大介『凹村戦争』(早川書房)
     
Cover Direction & Design:岩郷重力、Cover Illustration:西島大介
 

 東浩紀は対談の中で、SF界の若手が冲方丁/小川一水/秋山瑞人(『SFが読みたい!2004年版』の鼎談)だけじゃ足りない、(メッセージ性を持つ)西島大介が必要だと発言している。本書はJコレクションの中で、初のコミックにあたる。表題が(H・G・ウェルズ『宇宙戦争』のラジオドラマで社会的パニックを引き起こした)オーソン・ウェルズから採られ、さまざまなSFガジェットがちりばめられている一方で、もっとも現実に近いフィクションでもある。
 どことも知れない山奥の村(どこにでもありそうな田舎町)、東京の情報はインターネットの情報さえ断片的で、しかも遅れて入ってくる。しかし、どこかで戦争が起こっているらしい。毎日流れすぎる“流れ星”は、ほんとうに星なのか。そんな中学生たちの前に、星の一つが落下してくる。それは巨大なXの形をしていた。はたして彼らは囚われのプリズナーなのか、星は宇宙人の侵略か、東京への道は救いとなるのか。
 世界と個人との関係が、社会/組織を介さずにダイレクトにつながるのがセカイ系小説群になるという。しかし、考えて見れば、今の世界とはまさにそのようなものになっている。たとえば、一個人と戦争が、ある日突然に直結する。9.11以前、このような現象は、パレスチナなどごく狭い地域に隔離されていた。けれども、アメリカの行為によって、“直結”は今では世界のあらゆるところに拡散−偏在している。西島大介の主張するメッセージは、世界の実像に直結する。

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bullet bk1の特集記事
 

鈴木いづみ『鈴木いづみセカンド・コレクション2』(文遊社)

鈴木いづみ『鈴木いづみセカンド・コレクション2』(文遊社)
     
写真:石黒健治、装幀:佐々木暁
 

 評者は、かつて一度だけ鈴木いづみに会ったことがある。1978年、当時彼女は29歳、例によって長い付けまつげに濃い化粧、ミニスカートなのに胡座をかいて、1年後に編集長になるSFマガジン今岡清と、(今もって意味不明の)ビンタの応酬というパフォーマンス(喧嘩ではない…と思う)を演じてくれた。作品も強烈ながら、キャラクタも同様だった。ファンクラブを作ろうと書いて、本人に知られるのが怖いので結局やめたこともある(今岡編集長も入会希望)。まあ、SF界でもそういうカルトスターだったわけである。そういえばこの年、夫の阿部薫が亡くなっているのだった。8年後、1986年に自殺。
 本書は、1996年に文遊社から出た全8巻の選集に収められなかった作品を集めた、第2期選集(4巻予定)の第1回配本である。収録作の出典は以下のようになる。
  1. 「ぜったい退屈」(SFアドベンチャー1984年8月号)
  2. 「朝日のようにさわやかに」(SFマガジン1977年3月号)
  3. 「離婚裁判」(SFマガジン1976年9月号)
  4. 「煙が目にしみる」(SFマガジン1979年7月号)
  5. 「想い出のシーサイド・クラブ」(SFアドベンチャー1982年3月号)
  6. 「わすれない」(奇想天外1977年6月号)
 ジャズのスタンダード・ナンバーを表題にした「朝日のようにさわやかに」(異星の密猟者たち)、「煙が目にしみる」(クスリにより時間経過が狂う女)、表題作でもある「ぜったい退屈」(虚無的に生きる未来の男女)が印象的。20年以上を経ていても、日常描写に若干の違和感があるくらいだ。男女の本能的な源に根ざしたテーマなので、そもそも古びないのだろう。著者の他のSF作品は『女と女の世の中』(1978)と、『恋のサイケデリック』(1982)、 第1期選集の同題のSF編(収録作には異同あり)に収められている。

bullet 文遊社の選集サイト
bullet 大森望による紹介記事
リンク先のプロパティが変ですが、場所は正しい。
 

2004/4/18

佐藤亜紀『雲雀』(文藝春秋)

佐藤亜紀『雲雀』(文藝春秋)
     
装画:(エングレーヴィング)門坂流、装丁:斎藤深雪
 

 一昨年の暮れに出版され、芸術選奨新人賞を受賞した『天使』の続編。前作は、第1次大戦のオーストリア・ハンガリー帝国の首都ウィーンを舞台に、超能力者たちの 諜報戦(エスピオナージュ)を描いた長編だった。本書は、その前日/後日譚を構成する4つの短編から出来ており、前作と併せて1つのお話と考えたほうがいいだろう。
 ロシアとの最前線を舞台にした「王国」、グレゴールと(『天使』の主人公)ジョルジュの母親の物語「花嫁」、大戦末期のウィーンで行われる超能力者たちの死闘「猟犬」、第一線を退こうとする主人公を巡る暗闘「雲雀」…という4編。圧倒的なサイキック能力を持つがゆえに、主人公は異様なまでに禁欲的/抑圧的である。他者の精神を破壊してしまうパワーは、自身の精神をも蝕んでいく。ありえない超常能力を、内省的な苦悩として自然に描ききった作者の力量はさすがだ。
 この作品単独でも読めるといいたいところだが、本書の場合は、まず前作を読むか/既読でも内容を思い出してから読むのが正解だろう。登場人物や時代設定が、相互とも密接に結びついているからだ。

bullet 『天使』評者のレビュー
 

2004/4/25

藤崎慎吾『ストーンエイジKIDS』(光文社)

藤崎慎吾『ストーンエイジKIDS』(光文社)
     
カバーデザイン:泉沢光雄、カバーイラスト:浅田寅ヲ
 

 本書は、一昨年の11月に出版された『ストーンエイジCOP』の続編になる。新書ノベルズとはいえ、900枚近い大作。 いわゆるライトノベルズとも異なる濃厚な作品だ。
 舞台は前作を踏襲する。主人公たちは、ストリートチルドレンではあるが自立した生活基盤を築き、自らを山賊と称している。彼らが根城にする自然公園に奇妙な一団が現れる。食事をしない替わりに、プラスチックを食べて生きているのだ。同じ頃、巨大な生き物がホームレスたちを襲い始める。官憲も浮浪者だけでなく、山賊の一掃を図っている。いったい何が起ころうとしているのか。1年の放浪生活を終えて、縄文人の顔を持つ(元)コンビニ警官が還ってくる。
 奇妙な一団の少女と山賊の少年、リーダーの少年と人々を魅了する歌をネットで放送する少女と、人間関係もより鮮明に描き出されている。表社会(権力側)と裏社会(新たな山窩ともいえる山賊たち)の葛藤も明らかになる。ただ、設定自体は前作と大差なく、お話的な広がりはあまりないようだ。評者としては、『クリスタル・サイレンス』並みの壮大なスケールを期待したいのだが、それは単なる好みの問題かもしれない。

bullet 『ストーンエイジCOP』評者のレビュー
 

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