中村融による日本オリジナルの翻訳アンソロジイ。テーマは猫の登場するSFである。あとがきでも述べられている通り、SF猫アンソロジイでは扶桑社からガードナー・ドゾア&ジャック・ダンによる『魔法の猫』『不思議な猫たち』が既出(といっても20世紀のこと。このコンビによるアンソロジイは多岐にわたり『幻想の犬たち』もある)だが本書との重複はない。あえて有名な作品は外し、知られざる名作を採ったため、初訳4編、既訳の6編も3編は新訳とリフレッシュされた印象だ。ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞作ライバー「影の船」など、長年埋もれていた傑作が収録されているのはうれしい。物語の舞台が地球上か宇宙かで〈地上編〉〈宇宙編〉各5編に分けられている。
ジェフリー・D・コイストラ「パフ」(1993/1997):子猫が子猫のまま成長しない技術が開発され、最初の成功例の子はパフと名付けられた。ロバート・F・ヤング「ピネロピへの贈りもの」(1954/1972)*:寒い日の朝、猫を飼う老いた女性は、奇妙な少年と会話を交わす。デニス・ダンヴァーズ「ベンジャミンの治癒」(2009)*:治癒の手で回復した飼い猫は、いつまでたっても歳を取らなくなった。ナンシー・スプリンガー「化身」(1991)*:永い眠りから覚めた主人公は、カーニヴァルの出演者の一人に興味を抱く。シオドア・スタージョン「ヘリックス・ザ・キャット」(1938?/1997):画期的なガラス加工法を開発した主人公は、跳ね回る瓶を目撃する。ジョディ・リン・ナイ「宇宙に猫パンチ」(1992)*:新型宇宙船の公募クルーとマスコットの船猫が遭遇する危機とは。ジェイムス・ホワイト「共謀者たち」(1954/1972)*:宇宙船の中で、秘密のネットワークにより共謀するものたちの目的。ジェイムズ・H・シュミッツ「チックタックとわたし」(1962/1964)*:自然が保護された惑星で、標題の1匹と1人は何ものかの存在を知る。アンドレ・ノートン「猫の世界は灰色」(1953)*:寡黙で知識豊富な女、冒険心旺盛な男と猫は、さまよえる宇宙船を見つける。フリッツ・ライバー「影の船」(1969/1972):靄がかかったような世界で働く主人公と、しゃべる猫のコンビが知る真相。
(初出年/翻訳年)、*:初訳または新訳(既訳があるもの)
この中で純粋に猫が主人公となると「共謀者たち」くらいになる。あとは、物語の重要なファクターが猫となる点が共通する。溺愛するペットの象徴「パフ」「ピネロピの贈りもの」「ベンジャミンの治療」、謎めいた猫的主人公が登場する「化身」、一枚上手の猫「ヘリックス・ザ・キャット」、パートナーである猫「チックタックとわたし」「猫の世界は灰色」、「宇宙に猫パンチ」の猫はコードウェイナー・スミス「鼠と竜のゲーム」を思わせる使われ方だ。「影の船」は設定にひねりがあり、猫が主役ではないものの妙に存在感がある。
版権の関係で実現しなかった企画に、ハインライン「宇宙での試練」クラーク「幽霊宇宙服」アシモフ「時猫」ら3巨頭を採る案もあったようだ。ただその場合は、もう少しクラシックな印象になっただろう。もちろんSFだからといって、猫に対する人の愛情/興味が他のジャンル(ホラー、ミステリ、その他文学作品)と大きく違っているわけではない。設定やアイデアによってスケールアップされたとき、より可愛さや怖さがきわだつところに猫SFの面白さがあるのだろう。本書の大半が書かれた20世紀後半と比較すると、少なくとも日本ではペットの猫率がより高くなった(ほぼ犬と同等)。いかにも現代に似合うアンソロジイといえる。
本書は標題だけでなくイラストも凝っていて、さまざまな「丸いもの」が表紙をはじめ各作品の冒頭を飾っていて楽しい。