2014/11/2

閻連科『愉楽』(河出書房新社)
受活 Lenin's Kisses,2003(谷川毅訳)

装丁:木庭貴信(Octave)

 1958年生まれの中国現代作家 閻連科の長編。貧しい農村に生まれ、高校を中退後に人民解放軍に入隊、最後は創作学習班に所属していた。かつて食料生産まで自前で行っていた人民解放軍は、一般的な軍隊や自衛隊などと違いさまざまな部隊を抱えている。創作学習班は単に広報文を書くだけではなく、小説の発表まで行っていたようだ。その中で本書も書かれたわけだが、囂々の非難を浴びることになる。

 河南省西部、その山奥に受活村がある。明代の移民政策以来、障碍者だけが集められ、助け合って暮らす村だった。彼らは、残された体の機能を驚異的に高めたある種の超人たちでもあった。村の属する地域には野心的な県長がいた。県(日本でいう郡のような規模)を一気に豊かにするため、財政難のロシアからレーニンの遺体(レーニン廟で公開されている)を買い取り、観光資源にしようと思いつく。それには資金が必要になる。村の異能者を集めた絶技団なら、その夢がかなえられる。目論み通り公演は連日大盛況で、莫大な興行収入が転がり込んでくるが。

 村を翻弄するのはレーニンだけではない。建国後の大躍進政策(無理な増産による大飢饉を招く)、文化大革命(権力闘争から内戦状態を引き起こす)、最後は現代に至る拝金主義が村を切り裂く。その惨状を強烈に揶揄した作品であり、閻連科は人民解放軍を離れざるを得なくなる。しかし、雑誌発表翌年(2004年)に単行本が出ると、老舎文学賞を受賞をするなど一躍名声が高まった。以後の作品で、これまで3回の発禁処分を受けながらも国内受賞20余回(さすがの中国でも、社会批判をしただけで抹殺はされない)、ベストセラー作家となり、2013年の国際ブッカー賞(英国)最終候補2014年にはフランツ・カフカ賞(チェコ)を受賞するなど翻訳は20か国にも及ぶ。世界的に知られた作家だ。
 本書を読んで印象的なのは、社会的落差による困難に曝されてきた人々という重い問題を、軽々と滑稽に描く筆致である。誰もが善人たろうとするが、強欲な悪党にもなる。これは、イデオロギーの好悪だけでは理解できないだろう。広大な国土と人民、統べる支配階級による混沌から、我々の知りえなかった世界が垣間見える。

 

2014/11/9

ロバート・ジャクソン・ベネット『カンパニー・マン(上下)』(早川書房)
The Company Man,2010(青木千鶴訳)

カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン、カバー写真:(C)corbis/amanaimages、(C)Chip Forelli/UpperCut Images/Getty Images

 1月に出た本。自らをファンタジー作家と称する、ロバート・ジャクソン・ベネットの長編2作目にあたる。2010年デビューで、まだ著作は5冊(年1冊)だけだ。本書は、2012年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞、ベスト・ペーパーバック・オリジナル賞)、フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞している。

 1919年、アメリカ西海岸のシアトル近在に新興都市イヴズデンがある。偉大なる発明家が創業した人工都市だが、最新鋭のインフラが整う一方、職を求めて殺到する労働者によって、巨大なスラムも生まれている。そこに、謎の連続殺人事件が発生する。彼らは非合法な組合員らしい。街を支配する巨大企業は、自社への波及を恐れ、子飼いの保安要員に調査を指令する。

 ファンタジーといっても、もちろんダークファンタジーである。20世紀初頭のメトロポリスで、悪夢のような真相が浮かび上がってくる。主人公は、他人の心を読み取る超能力者。その能力によって精神的に追い詰められ、アヘンに溺れる生活破綻者でもある。ヒロインはその保安要員=探偵の助手。実務家で主人公を助ける一方、事件を追う刑事に惹かれていく。舞台は、第1次世界大戦が巨大企業によって未然に阻止された、現実とは異なる並行世界になっている。企業は、真似のできない高度な技術力で、ゆるぎのない支配体制を築いている。しかし、人のアイデアとは思えない驚異的発明が、どのように生まれたのかは誰も真実を知らない…。SFそのものに見えるが、あえてクラシックなミステリ仕立てにしたところがポイントだろう。ただし、主人公やヒロインの行動、刑事と上司の動機、真相解明に至る物語の展開など、あまりに紋切型すぎるのが気になる。

 

2014/11/16

畑野智美『ふたつの星とタイムマシン』(集英社)


装画:西野亮廣、装丁:名久井直子

 著者は1979年生まれ、2010年に小説すばる新人賞でデビュー、本書は7冊目の著作になる。昨年の本の雑誌のインタビューでは、広瀬正『マイナス・ゼロ』などのタイムマシンSFが好きで、小説すばるに短編を書いていることが言及されていた。それをまとめたものが本書になる。

 「過去ミライ」(書下し):大学の研究室で開発されているタイムマシンで主人公は過去の自分と会おうとする
 「 熱いイシ」(2012):夫婦とバイトだけの住宅街のカフェ、真実を告げるという怪しい石が持ち込まれる
 「自由ジカン」(2013):超能力者が珍しくない中、自分の時間を引き延ばせる女子中学生はTV番組に出るが
 「瞬間イドウ」(2013):OL歴10年目の主人公は、ある日突然行きたい海外にテレポートできるようになる
 「友達バッジ」(2013):大人からもらった友達を作るというバッジは、これまでの友人を裏切る結果を招く
 「恋人ロボット」(2012):ヒト型家事ロボットがあたり前になり、大学生の部屋にも置けるようになる
 「 惚れグスリ」(書下し):好きな女性とのきっかけがない主人公は、先輩から惚れ薬を手に入れる

 これまで日常生活とSF的ガジェットの組み合わせを描いた作品は、さまざまなものが書かれてきた。その中でも、自然さという意味で、本書はなかなか出来が良い。冒頭の「過去ミライ」は、ありがちなタイムスリップに、タイムパラドクスの矛盾がちゃんと言及されているし、「熱いイシ」も謎の石がオカルト的な扱いにはならず、超能力者の存在も社会を乱すほどではなく、テレポートは突発的で制御できず、バッジの効果は本当かどうかわからない。ロボットや惚れ薬も、リアリティーを高めるというより、身近な恋愛の機微を際立たせる脇役として作用する。これらは連作になっていて、タイムマシンの開発者、その大学の科捜(科学捜査)研部にいる部員たちとOB、彼らと関わりを持った男女や少年たちが繋がりあっている。ハヤカワSFコンテストを取った六冬和生などは、ハードSFと日常の組み合わせだったが、こちらはドラえもんのひみつの道具のような、タイムマシンやロボットなど説明不要の道具=ガジェットが、いかにもふつうの現在に溶け込んでいる。社会を変えるほどではないが、個人の運命は変えてしまうという、そのバランスが面白い。

 

2014/11/18

B・J・ホラーズ編『モンスターズ』(白水社)
MONSTERS A Collection of Literary Sightings,2012 (古屋美登里訳)

装画・装丁:北砂ヒツジ

 8月に出た本。インディアナ州にある在学生4000人規模の小さな大学、バトラー大学出版局が出した、書下ろしと再録を取り混ぜたアンソロジーである。大手以外の小出版社の本が話題になるといっても、本書の場合マイナー度がかなり高い。ただ、読んでみるとわかるが、執筆者は新人ではなく、それぞれが実績を持つ実力者だ。訳者あとがきには、目立たず賞に縁がないものの傑作揃いとある。

 ジョン・マクナリー「クリーチャー・フィーチャー」:妹ができると知ったモンスター好き少年の狂騒
 ウェンデル・メイヨー「B・ホラー」:パーティの余興で怪物を演じる男と、女装し悲鳴を上げる役割の少年
 ポニー・ジョー・キャンベル「ゴリラ・ガール」:主人公は少女のころから内なる獣を解き放とうとしてきた
 ケヴィン・ウィルソン「いちばん大切な美徳」:夫婦の自慢の娘は、いつか吸血鬼となって踊るようになる
 ブライアン・ボールディ「彼女が東京を救う」:ゴジラの彼女とキングコングの彼が東京で出会うとき
 エイミー・ベンダー「わたしたちのなかに」:ゾンビを食べたゾンビ、私たちの中にある空虚さの断片
 ジェディディア・ベリー「受け継がれたもの」:亡くなった父親から受け継いだ獣は家族を次第に壊していく
 オースティン・バン「瓶詰め仔猫」:顔に障碍を持つ青年は、女性に対し強いコンプレックスを抱いていた
 ケリー・リンク「モンスター」:サマーキャンプの少年たちの前に現れた本物のモンスター
 ベンジャミン・パーシー「泥人間(マッドマン)」:庭の土から生まれた泥人間は家事を何でもこなす
 アリッサ・ナッティング「ダニエル」:犬が死んだ日に生まれたダニエルは、吸血鬼になることを夢見る
 ジェイク・スウェアリンジェン「ゾンビ日記」:突然現れたゾンビの群れの中で、綴られる生存者の日記
 マイク・シズニージュウスキー「フランケンシュタイン、ミイラに会う」:ハローウィンで夫が見た現場とは
 ケイト・バーンハイマー「森の中の女の子たち」:皮肉に満ちたグリム童話のヴァリエーション
 ローラ・ヴァンデンバーグ「わたしたちがいるべき場所」:ビッグフットに扮装しマニアに見せる商売の顛末
 ジェレミー・ティンダー「モスマン」(コミック):モスマンは、ハードロックのラジオを楽しみにしていた

 収録された16名は著作を持つプロながら、大半は大学の創作講座で教える兼業作家である。アメリカでも単行本あたりの部数は下がっていて、小説だけで生活できる専業作家は少なくなっているのだ。それはともかく、本書に登場するモンスターは、そのもの(ゴジラ、ゾンビ、ゴーレムや得体のしれないモンスター)から象徴的なもの(少年の中の残虐さ、内に籠る獣性、メンタルを思わせる吸血のヴァリエーション、ブラックな差別の対象としての怪物)まで多種多様だ。しかし、個人を中心に描かれたモンスターは、自身と他者を隔てる(つまりコミュニケーションを断ち切る)存在として共通しており、読後の印象には統一感がある。

 

2014/11/23

乾緑郎『機巧のイヴ』(新潮社)


Photo:A FROG DESIGN UNIT/Moment,Tadashi Miwa,photographer/Moment,Getty Images
装幀:新潮社装幀室

 8月に出た本。表題作は『年刊SF傑作選2012 極光星群』、『ベスト本格ミステリ2013』、『ザ・ベストミステリーズ 推理小説年鑑2013』という3つの傑作選に収められるなど高い評価を得た作品だ。本書は、同作と同じ時間線+舞台で書かれた一連の作品を集めたものになる。

 機巧のイヴ(2012):楼閣の遊女を機巧人形にしてほしい、幕府に仕える機巧師に一人の侍が頼み込む
 箱の中のヘラクレス(2013):体格を武器に相撲で頭角を顕した男に、ある企みが持ちかけられる
 神代のテセウス(2013):隠密を務める男は、天帝家にまつわる神器の秘密に巻き込まれていく
 制外のジュゼッペ(2014):封印された天帝陵を囲む御所に住む天子は、長患いで伏せっていると噂される
 終天のプシュケー(2014):ついに暴かれた陵の奥底から現れたものとは

 江戸時代のようだが、どの時代でもない。そもそも日本とも違う異次元の中世で、女系の天帝と天府に君臨する幕府の確執が繰り広げられる。十三層もの階層を持つ遊郭、鉄の門扉で封じられた墳墓、精巧な自動人形を製造できるほどのからくり技術。隠密、浮世絵、相撲の勧進興行などいかにも江戸風のものもあれば、闘蟋(とうしつ)というコオロギ同士を戦わせる競技は中国式で日本にはない。そういう壮大な虚構が組み合わさって、本書の物語が出来上がっている。後半に行くほど謎が解明されていく構成だ。そうなると、やはり斬新さが一際鮮やかな表題作がベストになるだろう。

 

2014/11/30

ニック・ハーカウェイ『世界が終ってしまったあとの世界で(上下)』(早川書房)
The Gone-Away World,2008(黒川敏行訳)

カバーデザイン:坂川栄治+永井亜矢子(坂川事務所)、カバー写真:(C)Getty Images

 4月に出た本。著者は1972年生まれの英国作家。父親が著名なミステリ作家ジョン・ル・カレ(スマイリー三部作等)ということで話題になった。本書は最初の長編にあたる。2009年の英国SF協会賞、ローカス賞の候補作となった、破滅後の近未来を描くSFだ。2012年の長編第2作 Angelmaker もアーサー・C・クラーク賞など、いくつかのSF賞の候補、受賞作となっている。ただし、読んでみれば分かるが、ノンジャンル型のエンタテインメントと思って読む方が良いだろう。

 〈逝ってよし戦争〉(ゴー・アウェイ・ウォー)が起こったのち、世界は秩序を失う。限定的とされた最終兵器が使用された結果、そこから異形のものが生まれるようになったのだ。その境界線にはパイプが敷かれ、放出される安定化物質によって、辛うじて居住可能な地域が守られている。主人公はパイプの火災事故を契機に、その親友たちとの関係の真実を知る。やがて、世界の成り立ちに迫る真相が明らかになる。

 英国SFといえば、かつてはジョン・クリストファーやジョン・ウィンダムといった、破滅後の社会を描くデザスターノベルを得意とした。つまり破滅そのものを描くのではなく、その後の社会の成り立ち/先行きを緻密に追うのだ。本書も同様なのだが、特徴はあえてリアリティを問題にしないことだろう。相当に破天荒でユーモラス、奔放に読める。上巻は大半が主人公の生い立ちに費やされ、下巻の前半でどんでん返しがあり、後半は怒涛の真相究明に至る。著者は否定するが、父親の書く、現実をベースにした手堅いミステリからの脱却を図ったような印象を受ける。