1953年中国生まれの作家である残雪(ツァン
シュエ)の、日本オリジナル傑作選。本国ではすでに評価を得た重鎮であり、世界各国でも紹介が進んでいる。一見マジック・リアリズムのようだが、本国でも分類が困難な作家とされているようだ。本書は、そんな著者の初期(1985年デビュー)から最近まで、各時代から14編を選んだものだ。
「瓦の継ぎ目の雨だれ」(1988):受理されない上申書をひたすら書き直し続ける母 「奇妙な大脳損傷」(1990):ある専業主婦は脳の損傷を訴えるが、誰もその影響を窺うことができない 「水浮蓮」(1992):地面を這う奇妙な生き物、それを挟んで背中合わせに座る中年男女の会話 「かつて描かれたことのない境地」(1993):道路の小屋には、訪れた人の話を書き留める記述者が住んでいる 「不吉な呼び声」(1994):人殺しをした男は森の中で植物を食べて生き、やがて野人のようになる 「絶えず修正される原則」(1996):男は自分のことを喋りつづけることで、生命感を得ることができた 「窒息」(1997):姉を亡くした火事で、生き残った幼い弟は不可思議な習慣を身に着ける 「そろばん」(2000):故郷を去った男のもとに、街そのものの水没が伝えられるが、彼には何も思い出せない 「生死の闘い」(2000):年を取った主人公は、ある日体の後ろ半分が死んでいることを知る 「ライオン」(2001):動物園の傍に住む親子は、逃げたライオンに襲われることを恐れる 「大伯母」(2001):中年夫婦の老母を、見知らぬ叔母が訪ねてきて、家系図を焼き捨てる 「綿あめ」(2002):少年は綿あめ売りの老婆を見るのが好きだったが、老婆は廃業してしまう 「少年小正」(2003):元教師の祖父は、意味不明の躾を孫に教え、山に行っては木の葉を食べるようになる 「アメジストローズ」(2009):その植物は、地上ではなく地下に向かって伸びる薔薇なのだという
時代を超越した描写が多く、これが現代の物語なのか、歴史ファンタジイであるのかも断定できない。描かれる人物は、初期作の病んだ人々が、やがて超常的な存在(記述者や草食動物のような野人)へと変わり、最後は非日常に侵される普通の人たちに移っていく。本書がマジック・リアリズムのように見えるのは、ここに書かれた世界が中国のどこかのように思えるからだろう(中国の普通の生活が他国からはファンタジイのように読める)。しかし、最近作「少年小正」や「アメジストローズ」からは、政治経済の世俗性など一切及ばない、創造の深淵が窺える。地下に向かって、逆さに育つ植物!
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