2013/10/6

谷甲州『星を創る者たち』(河出書房新社)


装画:星野勝之、装丁:川名潤(Pri Graphics Inc.)

 25年前、雑誌「奇想天外」に連載されていた《宇宙土木SF》が再開されたのは、3年前の『NOVA3』掲載の「メデューサ複合体」が最初である。未来、宇宙開発も国家機関が担う時代は去り、民間が受注するようになっている。そこでは、個別技術を持つ協力会社(ゼネコンが発注元となる下請け企業)が、遠い宇宙で巨大な建設作業の一端を受け持っているのだ。危険を伴う難工事、未知の事象の発生、そして費やされる時間とコスト、これら全てを現場責任者が個人の技量で克服しなければならない。

「コペルニクス隧道」(1988*):月面の地下、都市間を結ぶトンネル工事で落盤事故が発生する
「極冠コンビナート」(1988*):火星の極地、工事のために与圧されたドームで不可解なデータが検知される
「熱極基準点」(1988*):水星表面、マスドライバー建設用地で不規則な大地の変動が観測される
「メデューサ複合体」(2010):木星軌道、衛星工場で構造体を揺るがす異常が見つかる
「灼熱のヴィーナス」(2012):金星表面、空中に浮かぶ凧のような巨大構造物で事故が起こる
「ダマスカス第三工区」(2013):土星の衛星、水を採掘する工区で、現場を飲み込む大きな陥没が発生する
「星を創る者たち」(書下ろし):土星衛星の事故を契機に、太陽系を巻き込む宇宙的な謎が解き明かされる
*とあるのは、本誌収録にあたって大幅に改稿されたもの

 前半と後半で、同じ登場人物が出てくる。ただし後半になると現場主任クラスが、部長や所長といった現場の幹部に出世しており、小説とリアルな時間差の関係がそこに表現されているようだ。とはいえ、彼らは管理職になっても脇役に引いたわけではない。あくまでも現場を重視し、自ら赴いて事態を自分の目で確認する。人的コストが膨大に高い宇宙辺境では、判断ミスを最小化できる経験にこそ価値があるからだ。ところで、「著者も予測できなかった」驚愕の結末では、クラーク&バクスター『太陽の盾』を思わせる宇宙的規模で、物語が一挙に拡大される。「水道工事の現場監督が地球の運命を握る」みたいなスケールアップが面白い。

 

2013/10/13

残雪『かつて描かれたことのない境地』(平凡社)
Can Xue:Collected Stories,2013
(近藤直子/鷲巣益美/泉朝子/右島真理子/富岡優理子/深谷瑞穂訳)

装幀:小泉弘、ジャケット画:「山海経広注」より(鳴蛇)

 1953年中国生まれの作家である残雪(ツァン シュエ)の、日本オリジナル傑作選。本国ではすでに評価を得た重鎮であり、世界各国でも紹介が進んでいる。一見マジック・リアリズムのようだが、本国でも分類が困難な作家とされているようだ。本書は、そんな著者の初期(1985年デビュー)から最近まで、各時代から14編を選んだものだ。

「瓦の継ぎ目の雨だれ」(1988):受理されない上申書をひたすら書き直し続ける母
「奇妙な大脳損傷」(1990):ある専業主婦は脳の損傷を訴えるが、誰もその影響を窺うことができない
「水浮蓮」(1992):地面を這う奇妙な生き物、それを挟んで背中合わせに座る中年男女の会話
「かつて描かれたことのない境地」(1993):道路の小屋には、訪れた人の話を書き留める記述者が住んでいる
「不吉な呼び声」(1994):人殺しをした男は森の中で植物を食べて生き、やがて野人のようになる
「絶えず修正される原則」(1996):男は自分のことを喋りつづけることで、生命感を得ることができた
「窒息」(1997):姉を亡くした火事で、生き残った幼い弟は不可思議な習慣を身に着ける
「そろばん」(2000):故郷を去った男のもとに、街そのものの水没が伝えられるが、彼には何も思い出せない
「生死の闘い」(2000):年を取った主人公は、ある日体の後ろ半分が死んでいることを知る
「ライオン」(2001):動物園の傍に住む親子は、逃げたライオンに襲われることを恐れる
「大伯母」(2001):中年夫婦の老母を、見知らぬ叔母が訪ねてきて、家系図を焼き捨てる
「綿あめ」(2002):少年は綿あめ売りの老婆を見るのが好きだったが、老婆は廃業してしまう
「少年小正」(2003):元教師の祖父は、意味不明の躾を孫に教え、山に行っては木の葉を食べるようになる
「アメジストローズ」(2009):その植物は、地上ではなく地下に向かって伸びる薔薇なのだという

 時代を超越した描写が多く、これが現代の物語なのか、歴史ファンタジイであるのかも断定できない。描かれる人物は、初期作の病んだ人々が、やがて超常的な存在(記述者や草食動物のような野人)へと変わり、最後は非日常に侵される普通の人たちに移っていく。本書がマジック・リアリズムのように見えるのは、ここに書かれた世界が中国のどこかのように思えるからだろう(中国の普通の生活が他国からはファンタジイのように読める)。しかし、最近作「少年小正」や「アメジストローズ」からは、政治経済の世俗性など一切及ばない、創造の深淵が窺える。地下に向かって、逆さに育つ植物!

 

2013/10/20

マイクル・コーニイ『パラークシの記憶』(河出書房新社)
I Remember Pallahaxi,2007(山岸真訳)

カバーデザイン:木庭貴信(オクターヴ)、カバー装画:片山若子

 本書は『ハローサマー、グッドバイ』(1975)の続編にあたる。正編の新訳から5年、とはいえ、原著は著者が存命中には出版されなかった幻の作品だった(Web上に公開後、死後2007年に正続併せて出版)。おそらく世界でもっとも『ハローサマー』の評価が高い日本での紹介には、大きな意義があるだろう。

 前作の時代から数百年以上の未来、内陸の少年は、海辺に住む村の少女と出会う。内陸では食料が不足しつつあり、援助を求めてきたのだった。しかし、交渉役の父親は何者かに殺され、彼もまた命を狙われる。助言を求めてきた、採鉱のために駐在する地球人にも異変が起こりつつあった。この惑星に何が起ころうとしているのか、そして、隠された祖先の秘密とは何か。

 前作の5割増しと、お話そのもののボリュームが大きくなっている。少年少女のラヴストーリーという体裁は踏襲されるものの、ミステリ(殺人犯は誰か)、宇宙SF(地球人とこの星の人々との関係)、記憶と遺伝(祖先の記憶が途切れることなく受け継がれる)、独特の習俗(男女別れて住み、別々のリーダーを擁する)、一族の中の権力闘争(賢明な兄と、演説に長けた弟による兄弟間の愛憎)など、複数の要素が組み合わさった内容だ。これらがお互いに伏線となって、結末に収斂していく。スケール感を保ちながらも、伏線の回収は完璧で破綻していない。単なる続編に終わっていないのは立派だ

 

2013/10/27

三島浩司『高天原探題』(早川書房)


カバーイラスト:前嶋重機、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン

 8月に出た、『ガーメント』に続く著者の最新書下ろし長編。近年の作品が長めで重層的なものが多かった中では、300ページ余りと比較的コンパクトにまとまっている。読みやすさに配慮した、三島浩司入門編といった意図もあるようだ。

 京都周辺に墳墓と呼ばれる、大きな盛り土/土塊がランダムに出現するようになる。そこからは人の“動機”を奪い気力を失わせる不忍(シノバズ)が現れる。墳墓の核となる犠牲者もまた、玄主というシノバズと同じ影響力を持つ異能者となる。京都府に属する「高天原探題」とは、それらを排除するための特殊組織の名称だ。討伐隊員(ツムカリ)たちはシノバズを無力化=仕置きし、玄主を隔離する。

 動機を奪うシノバズの存在は、『ダイナミックフィギュア』の究極的忌避感を思わせる。隔離された玄主の女性と主人公との関係、玄主を信奉するグループ、対立する組織内の登場人物など、人間関係も複雑だ。考え抜かれた設定(神話的な墳墓、三種の神器、討伐組織の体制)、独特の用語や登場人物の不思議な名前(たとえば、蛭川汽笛、日立ダイアリー、久須衣)には、まさに三島的なユニークさが横溢している。とはいえ、これだけの内容を詰め込むのに、このページ数ではいかにも少なすぎる。著者の世界観を描き切るには、一定以上の分量が必要なのだろう