2014/8/3

ケリー・リンク『プリティ・モンスターズ』(早川書房)
Pretty Monsters,2008(柴田元幸訳)

装画:北原平祐、装幀:ハヤカワ・デザイン


 著者の3冊目の短篇集。これまでの著作はすべて翻訳されており、日本での人気も高い。本書では、出版社が(自前の小出版社からメジャー級に)変わったこともあり、以前の短篇集から表題作でもある「マジック・フォー・ビギナーズ」と「専門家の帽子」が再録されている。ヤングアダルト向けを想定した、少年少女が主人公のお話が中心だが、ネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞などの受賞作を収めたベストコレクションといって良い内容だ。

 墓違い(2007):恋人の棺に詩をささげた少年は、気が変わって墓を暴くのだが、出てきたのは別人だった
 パーフィルの魔法使い(2006):生意気な少女が市場で売られ、魔法使いが棲む荒れた塔に連れてこられる
 マジック・フォー・ビギナーズ(2006):ホラー作家の息子はゲリラ的に放映される『図書館』のファンだ
 妖精のハンドバッグ(2004):祖母が持ち歩くハンドバッグは、二百年も前から使われているという
 専門家の帽子(1998):あまり有名ではない詩人の館を買った父親と、生意気な双子の子供たち
 モンスター(2005):サマーキャンプに集まった少年たちは、季節外れの雪の中でモンスターと遭遇する
 サーファー(2008):近未来、パンデミックが広がる中、コスタリカに逃れた父親と少年が出会ったもの
 アバルの治安官(2007):魔法使いの母が殺した治安官は、小さな幽霊となって少女のマスコットとなる
 シンデレラ・ゲーム(書下し):八歳の義理の妹から、シンデレラごっこを強いられた兄の行動
 プリティ・モンスターズ(書下し):命を助けられた少年に焦がれる少女と、田舎の農園に拉致された少女

 ひねくれた恋のお話、腹違いの兄弟同士のシンパシイ、架空のドラマと現実との共鳴、ハンドバッグの底知れない空間、詩に書かれた帽子をかぶったもの、剽軽で残酷なモンスター、アメリカ崩壊後の未来にやってくるエイリアン、幽霊が寄り集まる家、異母兄弟の少し度が過ぎる悪ふざけ、叶わない恋と奇妙な試練。とても多様で、1つの作品の中にさまざまな想像上の仕掛けが隠されている。何れも、少年または少女の思いが主体だが、未成熟で予測不能な気持ちの揺れを、最後まで飽かずに楽しむことができる。
 それにしても、この著者の視点は独特だ。例えば「墓違い」では、登場人物の他に語り手(「あたし」)がいるのだが、「君」(読者)に語りかけているように一瞬みえるものの、お話の中で「あたし」についての言及はない。「マジック・フォー・ビギナーズ」はお話自体が実はTVドラマのようだし、「プリティ・モンスターズ」では2つの物語がお互いを語り合っている。

 

2014/8/10

レイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』(東京創元社)
Meet Me in the Moon Room,2001(岸本佐知子・市田泉訳)

装画:庄野ナホコ、装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 この著者については、これまで岸本佐知子の『居心地の悪い部屋』、『変愛小説集』などオリジナル・アンソロジイや、その元になった「野生時代」で紹介されてきた。これらは、様々なタイプの奇想小説の一環なのだが、その中でも一番SF寄りの印象があった。本書はキジ・ジョンスンと同じスモール・ビア・プレスから出たもので、1991年から2001年までの33編を収録したもの。書下ろし6編、F&SFなどジャンル専門誌掲載10編、それ以外は、単行本形式の少部数の雑誌を含むホラー、ファンタジイ系のアンソロジイに掲載されたものだ。

 皮膚が宇宙服になって宇宙へと飛んでいく、頭髪の下に広がる世界、巨木を生やした大女、ミサイルサイロで開かれる悪趣味な趣向、母に住み着いたナノピープルたち、彼女の存在は命を脅かす、魔法の手を持つ女、空間が広がるセーターの中、鼻の奥に迷い込んだゴキブリ、道路のはざまに落ち込んだ二人、紙袋をかぶった家族、シルクハットを被った熱帯魚、猫を投げつける仕事、中指を立てる練習、蛇の口髭、生き物になった自転車、金魚鉢が手放せない世界、ゼノンのパラドクス、果てしなく投獄される男、異星人の女を監視する男、死亡したサンタ、抹殺された60年代、男の寝室に何者かが忍び込む、30年前の約束、などなど(一部略)

 不思議なことに、こうやって一冊の単行本で読むと、全くSF臭はしなくなる。難解なドナルド・バーセルミより読みやすいとあるが、今読むとバーセルミも実はそれほど難しくない。解釈は不要、そのまま奇妙さ不条理さを味わえばよいからだ。著者は1946年生まれと若くはない。それだけ、幅広い世代の感覚を備えた作品集でもある。

 

2014/8/17

椎名誠『埠頭三角暗闇市場』(講談社)


装丁:平野甲賀、装画:浅賀行雄


 椎名誠の一連の未来史ものでは、2006年の『砲艦銀鼠号』以来になる。「小説現代」2010年3月号から2012年7月号まで、不定期に13回にわたって連載されたものだ。時期的に、3.11や中韓との関係悪化以前に書きはじめられていながら、その世界観の変転を予見したともされる。

 地震と津波による「大破壊」により崩壊したトーキョー。そんな港の埠頭に、傾いた高層ビルと斜めに打ち上げられた大型旅客船とが作る巨大な三角形の大屋根がある。その下にある無法の市場が本書の舞台だ。ある日、埠頭であぶない治療をする医師の下に、2つの奇妙な依頼が舞い込む。1つは不始末をしでかしたヤクザの精神を、犬に移し替えること。2つ目は、自身の頭髪を生きている蛇に入れ替えたいという女だ。

 時代的にはこれまでの作品よりもずっと現代に近い、いわゆる「近未来」なのだと思われる。トーキョーは中・韓連合による攻撃で壊滅、国は体を成さず、警察もまともには機能していない。触れると命に係わる危険な雨が降り、生物や人ですら異様な変異を遂げている。もう一人の主人公は警部で、これら騒動の裏側には、アジア制覇を賭けて争う中・韓とロシア・インド連合との暗闘があることを感じとる。人語を話すカワウソやアザラシのような生き物、ヴァギナに人食い魚を仕込んだ高級娼婦、アナコンダの心を持つ男……最初期の『アド・バード』(1990)から四半世紀を経て、鮮度とともに衝撃度もやや下がったものの、それでも椎名世界の特異さは相変わらずといえる。

 

2014/8/24

エドゥムンド・パス・ソルダン『チューリングの妄想』(現代企画室)
El Delirio de Turing,2003(服部綾乃+石川隆介訳)

装丁:加藤賢策(LABORATORIES)


 著者は1967年生まれのボリビア作家で、現在はコーネル大学の教授でもある。SF好きだったため、本書も当初SFとして書こうとしたが、現実の重みに負けてそこまで至らなかったと述べている。最近になって、純粋なSFであるIris(2014)が出たようだ。

 民主化後の選挙で選ばれた大統領は、独裁政治を敷いた過去から返り咲いた人物だった。グローバリゼーションに乗って民営移管を強引に進め、海外資本による電気料金の大幅引き上げなど、社会不安が広がっていた。チューリングと綽名される男は、独裁政権時代から通信傍受を行う秘密機関で、暗号解読の凄腕とされてきた。しかし電子化が進む現代では居場所がない。そこで大規模な反政府活動が、電子の世界でも巻き起こる。ハッカーの正体は誰なのか。やがて、独裁政権時代の隠された秘密までが明らかになる。

 数学者チューリングとドイツ軍のエニグマ暗号のことはもちろん、有史以来のさまざまな暗号に対する薀蓄が語られている(この部分が、ニール・スティーヴンスン『クリプトノミコン』を思わせるのだろう)。また、2003年時点でのインターネットと、当時蔓延していたウィルスによるセキュリティ破り、DoS攻撃、登場したばかりのセカンドライフなど仮想世界が物語に広く取り入れられている(この部分は、今ならば藤井太洋の諸作を思わせる)。そこが、テクノスリラーとされる理由である。今や世界的な流行はボリビアであっても例外ではないが、こういったフラットなグローバル化と、根が深い地域の特殊性とがお互いに反発しあうのだ。物語の中では、アメリカ生まれの諜報責任者と若いボリビア人ハッカーたちとの戦い、独裁時代に行われた弾圧と謀略の解明が並行して進んでいく。
 本書が書かれて以降、大衆闘争が高まった結果、ボリビアには左派ナショナリズム政府ができた。天然ガスの国有化や先住民の権利拡大を巡って国が揺れ、機密情報の暴露で有名なエドワード・スノーデンの受け入れ騒動で国際的な軋轢が生じたりと、ますます本書で描かれた世界が増幅されている。これが、ラテンアメリカの新しいマジックリアリズムであり、マコンドなのである。

 

2014/8/31

辻真先『未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団』(講談社)


イラスト:水谷フーカ
カバー・本文デザイン:大岡喜直(next door design)、ブックデザイン:熊谷博人・釜津典之


 今年82歳になる、あらためて紹介する必要もない辻真先の最新シリーズ初巻。未来S=ミクラス高校と読むようだ。著者は今から15年ほど前に、よりリアルな時間ものを書いたことがあるが(下記参照)、本書は一転してラノベ風のキャラクタ小説になっている。

 22世紀の5人の高校生と引率教師の一行が、江戸享保年間へとタイムマシンで訪れる。航時部のレポートのため江戸を調査しに来たのだ。その時代の装束に身を包み、パラドクスの発生に注意しながら潜入するのだが、長屋で起こる密室殺人事件に巻き込まれてしまう。そして、その背後には大規模な時間犯罪が見え隠れる。

 将軍吉宗、大岡越前、天一坊とキャラ豊富な時代が舞台。実態は、講談などで語られた(実名、実話をベースにしてはいるものの)架空の人物だ。そこに22世紀の高校生(男装の美女、女装の美男、小坊主姿の超能力者、武術の天才少女、病弱な天才ハッカー少年、セクシー女教師)、25世紀のタイムパトロール、26世紀の時間犯罪者と、盛りだくさん過ぎる登場人物が配され、物語はハイペースに進む。さすがに、謎も殺人ミステリ一本ではなく、22世紀社会の正体、タイムトラベル誕生の理由、犯罪者たちの狙う真の目標など、重層的に厚みを増していくように書かれている。薄い新書ながら読み応えがある内容だ。