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DAICON5実行委員会

 UNICONが終わり、次年度大会の成功が難しいことが分かると、コアなメンバー以外は委員会から遠ざかっていった。やりたいことをやっただけでは、誰も満足できない。寄せ集めで、リーダーがいない状態は変わりないものの、成功するまで大会をやろうと思うメンバーだけが残った(という意味では、古代のSFファンに多かった「大会開催派」の心情に近くなったわけである)。

 新たに発足した実行委員会のポイントは以下に集約される。

  1. 責任分担制とする
    誰が何をやっているかを明確にする。この方法では、あらゆる企画(プロジェクト)には、企画責任者(リーダー)が設けられる。責任者は、出演者の初期交渉、進行チェック(スケジュール)から予算まで、すべてを管轄し、当然ながら責任を持つ。

  2. ゲスト応対の責任部門を設ける
    スタッフによって、ゲスト対応がまちまちでは招待者の印象がよくない。これらを一括で管轄する。企画責任者が交渉(交渉過程はマニュアル化された)をまとめた後、招待状発送、当日受付までを担当する。ゲストは平気で予定を変更する。出演料を払わないSF大会は優先されないのだ。よほど精密なフォローがないと、約束など反故にされてしまう。その点では、第1世代のSF関係者は大会の意義を認めてくれていたので良心的だった。

  3. 予算本位制度とする
    企画はすべて予め定めた予算を守る。この予算は参加者数の増加とともに随時見直す。

  4. 6つの独立した部局を設けスタッフは各責任者の指示で動く
    たいていのスタッフは自分が何をしたらよいか分かっていない。スタッフの役割を明確にするため、直属の指示者を決めておく。

  5. 各部局の下にサブチーフを設ける
    しかも、このサブチーフは失うべきものを持っている者とする。学生ならば逃げることも可能だが、定職に就いている社会人なら(会社を辞めない限り)逃げられないので有望とされた。そのため、DAICONの責任者/サブ責任者は大半が社会人だった。

 事務の責任者には正木宏之が就いた。彼は、ファンジンなどにお便りを投稿する、ある種の投稿魔であった。実行委員長の山根も、事実上この事務局に属していた。合宿の責任者には後に岩瀬史明が就く。もともとトールキン研究会「白の乗手」の関係者だった。合宿が無責任状態で不評だった教訓に基づく部門である。ゲスト担当は佐伯剛、S年F組という授業をお笑いネタにするグループ 「プランニング はりま」の一員である。SF大会で、バラエティ形式のお笑い企画を始めたのは彼らが嚆矢といえる(大会とは関係ないが、このグループには横山信義らもいた)。企画責任者には、これも後に陰山琢磨が就く。 陰山は「はりま」のメンバーで、他のスタッフの多くとともに参加。そのまま飲み会の常連になり、事務所に住み着いた。強面の外観が印象的だった。最近になって、本(ソノラマから出た『センチュリオン急襲作戦』等)も出している。資材担当はSHINCONで実行委員長を務めた清水宏祐が就いた。また、文字ベースの企画を重視するために、出版責任者には筆者が就いた。ここはサーコン大会で成功したTOKON8を真似たところでもある。各責任者のプロファイルはこんなところだ。発足時点でのスタッフは約40名だった。

 

最初期の正式案内状と封筒
(ロゴデザインなどは最終的に変更された)

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bullet先の章でも書いたが、昔のSFファンは「大会(イベント)を主催する」(ゴシップ系ファンジン発行はこちらに含まれる)ことだけを目標とした一派と、「創作をする/翻訳をする」ことを目的としたファンとに分かれていた。この両派は、古くはサーコン系「宇宙塵」対ハチャハチャ系「宇宙気流」等に還元されるが、もともとSFファンの両面を象徴するものであり、両者の性格を併せ持つのが“真のSFファン”だった。
 

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