1985年9月
この原稿はホーガン『造物主の掟』(東京創元社)の巻末に付けられた文庫データ・ボックス欄に掲載されたもの。
誰が同時代作家か
生年別作家年表(1809〜1928)
直接にせよ、間接的にせよ、SFの世界には、時代の影が確実に反映されている。ただ、それをどういう形で見ていくかは、さまざまである。例えば、作品テーマ、出版情況、時代の趨勢、雑誌の変遷などなど――ここでは、ちょっと視点を変えて、作家そのもの、その生年と時代の関係などを、簡単に眺めていこうと思う。もちろん、作家の年令と時代とが、一対一に対応しているわけではない。むしろ、大きく隔たっている場合だってある。しかし、それもデビュー年の違いで、傾向を追うことに問題はないだろう。
表に示した年号は、各作家の生年である。作家としてのデビューは、20年、人によっては40年後になる。そういう見方をすると、“時代”が見えてくる。
この生年別年表も、単純に見てしまっては、あまり面白くない。そこで、無理やりに、分類してしまおう。
第一の分岐点は、1910年前後。パルプ作家と、アスタウンディング誌から、ギャラクシイ、イフ誌で活動する作家をわける時代。 次に1930年前後、アメリカン・ニューウェーヴ作家、雑誌でいえば、F&SF誌で活躍する作家の時代。
最後は、1940年代以降、ポスト・ニューウェーヴ、女流作家達の時代。
今回は、そのうちの1930年までを、追いかけてみる。
19世紀、SFの黎明期は、1880年近くになるまで、いわゆるSF作家が生まれてこない。ポーやヴェルヌは、作品の大半が非SFだから、生年による分類では、ウエルズ以降がSFの時代と考えられる。なお、参考のために、カフカやロンドンを入れてみた。カフカの影響がSF界に及ぶのは、半世紀も後のことだ。
1884年、SF雑誌の始祖ガーンズバックは、『イシュタルの船』メリットと同年に生まれている。<火星シリーズ>
バローズ、『時の塔』カミングス、『ガス状生物ギズモ』ラインスター、<レンズマン・シリーズ>E・E・スミスと、パルプ雑誌の王者達は、みんな19世紀の生まれである。アメージング誌以前の、バローズ、メリットら一般大衆小説誌に書いた作家は、物語や、事物の描写力に優れ、以後の作家はSF的アイデアの破天荒さを売り物にした。人物描写は、いずれにせよ、かなり平板である。
20世紀に入ると、『スター・キング』ハミルトン、『天使と宇宙船』
ブラウン、『都市シマック』、『レッド・プラネット』ハインライン、『闇よ落ちるなかれ』
ディ・キャンプ、『宇宙軍団』ウィリアムスンらが次々生まれてくる。息の恐ろしく長い、シマックやハインラインは例外として、大半は、雑誌でいうとパルプ後期から、ダイジェストサイズの始まる――戦後の40年代――までが主な活動期である。日本では比較的人気が高いけれど、ハミルトンなどは、どちらかというと、雑誌読み捨て作家だった。ところで、ラインスターと海野十三はほぼ同い年。この辺りでは、日米の作品の質に、まだ大きな落差がある。
1910年、アスタウンディング時代を築く、キャンベルが生まれる。キャンベルが、アスタウンディング誌
(現在のアナログ誌)
の編集長に就任したのは、1937年のこと。以来34年間もその座に止どまっていた。ただ、同誌が重要だったのは、せいぜい50年代まで。次の時代では、まずギャラクシイ誌
(一時期、フレデリック・ポールも編集に携わった)、
イフ誌、ついでアンソニー・バウチャーのF&SF誌時代が訪れる――これは、ちょっと余談。
1916年に名前が出てくる、 「愛はさだめ、さだめは死」
などのジェイムズ・ティプトリー(ラクーナ・シェルドン)は、70年代に注目作を多数発表した。デビューは、52才である。『九百人のお祖母さん』ラファティも46才デビュー、時代が遥かに下ることになる。10代、20代デビューが当たり前のSF界では、例外的存在だ。
その他は『世界はぼくのもの』カットナー、『静かな太陽の年』タッカー、『人間以上』スタージョンら、日本で“50年代SF”という時の、典型的な顔触れである。
(実際は、30、40年代に活動した者が多い)。
異色なのは、『鼠と竜のゲーム』コードウェイナー・スミスで、エリスン、ディレイニーらに大きな影響を与え、むしろ、60年代以降に評価が高まった。
そのすぐ後に“フューチュリアン”という名称で知られるグループ、『ゲイトウエイ』ポール、<銀河帝国シリーズ>アシモフ、DAWブックス編集長ウォルハイム、
<宇宙都市シリーズ>
ブリッシュらが続く。このグループは、ニューヨークの純粋なファン集団から出発し、初期SFファンダムを形成したが、以上のごとく多数のプロを輩出した。キャンベル時代の主役達でもある。この辺り、日本の初期と似たところがあるようだ。戦前のことである。
ノンフィクション<フューチュリアン>を書いた、アンソロジイ『オービット』の編集長デーモン・ナイト、その夫人で、女流新時代を築く『杜松の時』ケイト・ウィルヘルムは同い年。また、『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』メリルや<死の世界シリーズ>ハリスン、『子供の消えた惑星(グレイベアド)』
オールディスなど、年刊SF傑作選の編者の名前も見える。ニューウェーヴと呼ばれる、SFの新時代を演出する顔触れだ。英米型のSFを、ある意味で完成させた世代と、変革のアジテーターが同居するのが、20年代の作家なのである。
その他では、<デューン・シリーズ>ハーバート、『何かが道をやってくる』ブラッドベリ、さらに、
『アーヴァタール』アンダースン、『歌う船』マキャフリイ、『人間の手がまだ触れない』シェクリーなどなど。活躍期を考えると、シェクリーは意外に若いし、ハーバートは意外に古い世代に属している。
日本作家も、これぐらいの時期になると、違和感なく英米作家と対応付けられる。長老今日泊とブリッシュは少し落差があるが、矢野とディクスン、光瀬とシェクリー辺りは、同い年でも不思議はないだろう。
今まで触れずにきたが、イギリスの作家は、こういうアメリカの歴史とは、ほぼ完全に独立して読める。古くは、ウエルズ、『シリウス』ステープルドン、<ナルニア国物語>リュイスから、『ゴーメンガスト』ピーク、あるいは、『地球幼年期の終わり』クラーク、オールディスまで、作品はあまり流行に左右されない。ただし、<デュマレスト・シリーズ>タブや、<コンラッド消耗部隊シリーズ>クーパー(リチャード・エイヴァリー名義)といった冒険作家には、アメリカ側と呼応した動きがあるようだ。
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1986年8月
この原稿はアシモフ『変化の風』(東京創元社)の巻末に付けられた文庫データ・ボックス欄に掲載されたもの。
誰が同時代作家か
生年別作家年表(1929〜1959)
作家の生まれた年から、世代によるSFの傾向を眺めていこうという生年別分類、作家の生年プラス20、30年が活躍する時代になる。今回は1929年から始めてみたい。なぜ、こんな中途半端な年から、と思われるかも知れないが、闇の左手ル・グインを基点に、アメリカのニューウェーヴ時代を概観したいからである。
ただし、アメリカのニューウェーヴと言ったところで、一言で割り切れるほど、単純なものでもない。1960年代の社会全般に広がった、さまざまな“運動”
(ベトナム反戦、反公害問題、フェミニズム)
が、間接的にSF界に波及した結果である。一般には、イギリスの結晶世界バラードが提唱し、アメリカで展開された運動と言われている。
しかし、この時代で活躍した作家は、とても一くくりには出来そうにない。たとえば、ニューウェーヴ派に分類されている、
『世界の中心で愛を叫んだけもの』エリスン、『鉄の夢』スピンラッド、『334』ディッシュ、『バベル17』ディレイニーらと、『禁じられた惑星』シルヴァーバーグ、<アンバー・シリーズ>ゼラズニーは同質のものではありえない。その一方で、『赤方変移の仮面』セイバーヘーゲン、『宇宙の傭兵たち』パーネル、
『ガラスの短剣』
ニーヴンなど、新しさとは無縁の作品を書き続ける作家も同居している。けれども、この世代には、以前の作家達にない、一度完成されたものに飽き足らず、反抗し、変革を試みようとする気概が溢れていた。まさに60年代という、社会風潮とも一致する動きだろう。
この世代は、1930年からの、概ね十年のレンジで生まれている。イギリスでの運動の拠点、ニューワールズ誌を改革、編集した<永遠のチャンピオン・シリーズ>ムアコックが生まれる、1939年前後ぐらいが最後の世代にあたり、以降ポスト・ニューウェーヴへと入っていく。
日本の同世代は、一年違いでバラードと小松左京。パーネルと荒巻義雄、半村良。エリスン、<ザンス・シリーズ>アンソニーと筒井康隆、眉村卓などである。ニーヴンと田中光二、豊田有恒、平井和正も同い年。
さて、その次のポスト・ニューウェーヴとは、どんな世代になるかというと、女流作家と、洗練されたスタイルを好む作家たちが台頭する時代である。60年代の問題意識は鳴りを潜め、現実から遊離したファンタジイが多く見られるようになる。
女流の時代は、古くはマキャフリイやル・グイン、ウィルヘルムから本格化したが、42年生まれの『ダウンビロウ・ステーション』チェリーを始めとして、『冬の狼』リン、『闇の公子』リー、『琥珀のひとみ』ヴィンジ、『夢の蛇』マッキンタイア、『星のフロンティア』ランドール、あるいは『翼人の掟』タトルなどなど、40年代後半から、50年代にかけての生まれがその主役だ。まさに女流の時代である。
“レイバーデイ・グループ”(通称LDG)という、70年代の代表的な作家達がいる。たとえば、
『樹海伝説』ビショップ、『異星の人』ドゾア、『サンドキングズ』マーチン、『ティーターン』ヴァーリーらがそれにあたる。実はこの名称、ディッシュが蔑称を込めて付けたもので、60年代から比べて“軟弱化”した、70年代作家を批判したもの。けれど、時代は確実に変わる。軽さと垢抜けたスタイルが、新しい意味での同時代であったことも事実なのだ。彼らも、主に、40年代生まれの作家たちである。
80年代の作家は、ほとんど翻訳されていない。生年も不祥であることが多いので、この表では少数しか載せられなかった。叙情あふれる筆致『ソングマスター』のカード、いくつか短編が訳され、話題を呼んだスターリング。グレッグ・ベア、ディヴィッド・ブリンは、まだ日本での紹介が進んでいないが、それぞれ、83年ネビュラ賞二部門受賞、84年のヒューゴー、ネビュラ、ローカス賞総嘗めなどした有望新人。『銀河ヒッチハイク・ガイド』アダムス、『スターシップと俳句』スチャリトクルらの名前も見える。
日本の同時代作家は、もうおなじみの山田正紀、夢枕獏、神林長平ら。50年代生まれ最後の作家は、大原まり子である。
さて、それでは、こうして見てきた1960年代から、80年代
(生まれでいうと、1930年から、50年)
までが、どういう時代であったのか。一つは、この世代の作家がSFを読み始めたとき、SFはすでに完成されていたということ。もちろん、欠陥のないものではない。けれど、少なくとも一個の完成品ではあった。
その袋小路を突破しようとしたのが、60年代である。つぎに、SFを日常化し、生活スタイルとして、定着させようとした70年代。さらに、“運動”として画一化できない、無数の価値感の中で、多様化させつつある80年代――単純すぎるかも知れない。しかし、おおよそ、そんな流れではないだろうか。
SF飽食世代の試行錯誤と、時代の趨勢が組み合された結果であるといえる。
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