2009/6/7

 著者は1983年生まれ。2006年に新風舎から出版された『トゥディ すべてが壊れる午前零時』が、青春小説と時間ループというSF的なアイデアを融合した作品として話題となった。同書の場合、何かと悪評を生んだ自費出版ではなく、出版賞(フィクション部門)受賞作でもある。

 大学生活に絶望しギャンブルに溺れる主人公は、ある日、鉄道に飛び込み自殺を図ろうとする女性を助ける。ところが、その瞬間から主人公は二人に分かれてしまう。完全なコピーとして生まれた二人だが、人間が分裂するこの現象に隠された秘密に翻弄され、やがて別々の運命を辿るようになる。

 本人とそっくりのもう一人の自分(ドッペルゲンガー)は、ポー「ウィリアム・ウィルソン」以来の“不吉”なテーマとなっている。SFでは、人体分裂の合理的な理由がつけられないためか、ハル・クレメント『20億の針』(1950)から、ゆうきまさみ『鉄腕バーディー』(1985)まで、どちらかといえば肉体共有として描かれてきた。本書は伝統的なポーに近いといえる。高校生を生々しく描いた前作と同様、本書でも直情的な大学生の行動がメインになっている。とはいえ、(類書で見られる)偉そうな大人が子供っぽい言動/行動をするのとは違って、この年齢なら当然と思える同世代の視点で書かれている(逆に、同世代ではない読者には厳しいかもしれない)。現象の真相も、前作よりぼかされており、より一般向けファンタジイに仕上がっている。

 

2009/6/14

Amazon『1Q84 BOOK1』(新潮社) Amazon『1Q84 BOOK2』(新潮社)

村上春樹『1Q84 BOOK1/2』(新潮社)



装幀:新潮社装幀室、装画:NASA/Roger Ressmeyer/CORBIS

 『アフターダーク』以来、村上春樹5年ぶりの新作長編。例によっていくつかの新聞書評でも言及され、既に手に取られた方も多いだろう。さてしかし、誰が読んでも本書を解き明かすのは難しい。

 1984年。主人公の一人はスポーツジムのインストラクターである。渋滞の首都高速から非常階段で脱出した彼女は、もう一つの1984年“1Q84”に迷い込む。そこはこれまで生きてきた日本と良く似ていたが、根本的に異なることがあった。二つの月がある世界なのだった。もう一人の主人公は予備校の講師である。新人賞の下読みをしていた彼は、17歳の少女の応募作をリライトし、受賞を目指すという編集者の企みに加担してしまう。その少女が描き出したのは、別世界の生き物リトル・ピープルのお話だった。

 ジョージ・オーウェルの『1984年』(1949)、オウム真理教が活動を始めた1984年(後にノンフィクション『アンダーグラウンド』(1997)として、サリン事件を取材する)、長編『ねじまき鳥クロニクル』(1994/95)の舞台も1984年6月から始まる。そういったこともあり、従来の作品から引き継がれたテーマである、歯止めのない暴力/絶対的な悪/ダークサイド=邪悪なものの存在が至るところに顔を見せる。たった一度の出会いが生む恋愛小説(『ノルウェイの森』(1987))であったりもする。近作ほど説明が長くなる傾向があったが、本書ではセリフや表現がより執拗で濃厚だ。1984年の4月から9月までが描かれた本書は、オープンエンドで終る。村上春樹の初めての読者なら、主人公の運命に納得できないかもしれない。続編を望む声は当然多い。『ねじまき鳥…』のように、第1部/第2部出版の1年後に、第3部完結編を出した前例もある。ただし、同書以外では続編が書かれたことはない。このまま終る可能性が高い。また、これ以降の展開に必要な材料は、既に提供されてしまっている(=想像することができる)ともいえる。

 

2009/6/27

Amazon『多聞寺討伐』(扶桑社)

光瀬龍『多聞寺討伐』(扶桑社)



カバー・デザイン:岩剛重力+WONDER WORKZ。
写真:MACHIRO TANAKA/SEVEN PHOTO/amanaimages

 光瀬龍の時代SF傑作選。『多聞寺討伐』(1974)の全編と、『歌麿さま参る』(1976)から3編、その他3編からなる。光瀬龍が亡くなり、今年で既に10年が経過した。その間長期に渡って新編集の単行本が出ることはなく、半ば埋もれかけているのが実情だろう(ラピュータから大橋博之による研究書が出るので、興味がある方は参照されたし)。比較的知名度が高い宇宙SFを除けば、著者の時代SFは初見の読者も多いはずだ。本書に収録された作品は、後年の本格的な時代小説とは異なり、SF味を色濃く残している点が特徴である。

 追う(1969):天から落ちてきた、裸の男の正体を追う目明しの見たもの
 弘安四年(1964):元寇の年、戦地に赴く一人の侍は、その刀を奪おうとする何者かの存在を知る
 雑司ケ谷めくらまし(1970):部落を焼打ちした盗賊一味の正体と、幻術使いとの関係
 餌鳥夜草子(1971):細工職人が殺されたことをきっかけに、謎を探る主人公が陥る罠とは
 多聞寺討伐(1970):多聞寺周辺の村で奇怪な事件が発生する。死体が自分の首を持って歩いたのだ
 紺屋町御用聞異聞(1972):鑑札なしで女宿(女郎屋)を開く者がいる。しかも破格の料金を取るという
 大江戸打首異聞(1972)*:打ち首にされた罪人が、首のないまま走り逃げ出す事件が起こった
 三浦縦横斎異聞(1975):柳生但馬守の命で開かれた武芸大会で、敗れた縦横斎は修練を経て再試合に挑む
 瑞聖寺異聞(1976):酒屋の女房は異様なまでの美人だったが、主人は急激にやつれていった
 天の空舟忌記(1976):地震があった翌日、田舎の浜辺に異形の舟がたどり着く
 歌麿さま参る(1974):東京の美術商に、希少な刀剣や浮世絵が次々と持ち込まれる、売り手は何者なのか
  *単行本初収録

 江戸時代とタイム・パトロールを結びつけたお話が多く、ネタ的には繰り返しの印象も受ける。しかし、捕り物帳のSF的新解釈というこのスタイルを創出したのは光瀬龍である。中ではスプラッタ映画風の表題作と、登場人物が生き生きと活躍する「歌麿さま参る」(歌麿の正体という謎解きも先駆的だった)が印象に残る作品だろう。“東洋的無常観”と呼ばれた虚無的な宇宙SFを特徴とする作者だが、実は人間に対する強い興味が作品の背後にあった。時代SFはその雰囲気を良く伝えている。

 

2009/6/28

Amazon『タイム・スコップ』(一迅社)

菅沼誠也『タイム・スコップ』(一迅社)



イラスト:玉岡かがり、デザイン:kionachi(komeworks)

 著者は1980年生まれ。2008年に電撃文庫から『ストップ☆まりかちゃん!』でデビューした作家の時間もの。27日の光瀬龍とは、全く異なる視点からの時間ものということで注目してみた。

 主人公はあるとき特異な能力を獲得、時間を自在に移動できるようになる。その行動によりタイムパラドクスが生じ、歴史に矛盾が生じることもある。ヒットラーを事故死させて現代日本が軍国化、フランケンシュタインを助けて人造人間の創造に立会い、ついには、戦国時代の歴史改変で自分自身が消滅してしまう。

 スコップで空間を“掘る”とタイム・スリップできる、という設定。ユニークなのは、特異点となる少年がいること。その少年は少女が改変する歴史の流れから隔絶していて、常に時間を元に戻す働きができる。3つのエピソードからなるオムニバス小説で、そういった部分に言及する最後のお話が面白い。ジャンルの制約(ページそのものが少ない)上、テーマの深みに欠けるが、新しいアイデアを取り込もうとする努力は感じられる。