光瀬龍の時代SF傑作選。『多聞寺討伐』(1974)の全編と、『歌麿さま参る』(1976)から3編、その他3編からなる。光瀬龍が亡くなり、今年で既に10年が経過した。その間長期に渡って新編集の単行本が出ることはなく、半ば埋もれかけているのが実情だろう(ラピュータから大橋博之による研究書が出るので、興味がある方は参照されたし)。比較的知名度が高い宇宙SFを除けば、著者の時代SFは初見の読者も多いはずだ。本書に収録された作品は、後年の本格的な時代小説とは異なり、SF味を色濃く残している点が特徴である。
追う(1969):天から落ちてきた、裸の男の正体を追う目明しの見たもの
弘安四年(1964):元寇の年、戦地に赴く一人の侍は、その刀を奪おうとする何者かの存在を知る
雑司ケ谷めくらまし(1970):部落を焼打ちした盗賊一味の正体と、幻術使いとの関係
餌鳥夜草子(1971):細工職人が殺されたことをきっかけに、謎を探る主人公が陥る罠とは
多聞寺討伐(1970):多聞寺周辺の村で奇怪な事件が発生する。死体が自分の首を持って歩いたのだ
紺屋町御用聞異聞(1972):鑑札なしで女宿(女郎屋)を開く者がいる。しかも破格の料金を取るという
大江戸打首異聞(1972)*:打ち首にされた罪人が、首のないまま走り逃げ出す事件が起こった
三浦縦横斎異聞(1975):柳生但馬守の命で開かれた武芸大会で、敗れた縦横斎は修練を経て再試合に挑む
瑞聖寺異聞(1976):酒屋の女房は異様なまでの美人だったが、主人は急激にやつれていった
天の空舟忌記(1976):地震があった翌日、田舎の浜辺に異形の舟がたどり着く
歌麿さま参る(1974):東京の美術商に、希少な刀剣や浮世絵が次々と持ち込まれる、売り手は何者なのか
*単行本初収録
江戸時代とタイム・パトロールを結びつけたお話が多く、ネタ的には繰り返しの印象も受ける。しかし、捕り物帳のSF的新解釈というこのスタイルを創出したのは光瀬龍である。中ではスプラッタ映画風の表題作と、登場人物が生き生きと活躍する「歌麿さま参る」(歌麿の正体という謎解きも先駆的だった)が印象に残る作品だろう。“東洋的無常観”と呼ばれた虚無的な宇宙SFを特徴とする作者だが、実は人間に対する強い興味が作品の背後にあった。時代SFはその雰囲気を良く伝えている。
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