《想像力の文学》叢書の1冊。2008年に休刊した文藝誌「あとん」に連載された(2005年12月〜7年4月)長編小説である。著者は、下北沢で書店「フィクショネス」(ボルヘスの『伝奇集』から採られた店名)を経営している。昨年出た『船に乗れ!』三部作がベストセラーになるなど話題を呼んだ作者だが、小学生時代から濫読した長い読書歴の中で、想像力の手本とする作家は小松左京と筒井康隆なのだという。
2001年10月12日午前11時31分、主人公の時間が停止する。眠り、目覚め、毎日の生活を繰り返しても、主人公の時間は11時31分のままなのだ。周囲は彼を置き去りにして進んでいき、彼が関わる瞬間だけ11時31分になるようだった。しかし、ある日一人の女性と出会い、同じ時間の中で同居するようになる。やがて、彼の体に異変が生じるようになる。
主人公はバイト明けの朝、1分間で循環する時間の罠に取り込まれてしまう。けれど、筒井康隆「しゃっくり」のように世界全体ではなく、彼一人だけに異変が起こっている。なぜ彼なのか、なぜ同じ時間なのに起こる現象(出会う人物)は異なるのか、背中に取憑いた麻袋は何を意味するのか、さまざまな考察をノートに記録する体裁で物語は進行する。本書は世界全体の意味よりも、次第に閉塞していく主人公の独白に焦点を当てている。麻袋の中で育っていくものの正体が不気味だ。
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