2013/1/6

関俊介『絶対服従者 ワーカー』(新潮社)
装画:feebee、 装幀:新潮社装幀室

三國青葉『かおばな憑依帖』(新潮社)
装画:加藤木麻莉、装幀:新潮社装幀室

 2012年11月刊。第24回日本ファンタジーノベル大賞は、珍しく受賞作なし優秀賞2作となった(主催者清水建設での紹介)。21世紀以降、受賞作なしが非常に少ない賞であることは昨年に書いた。今回は推薦作に対して、選考委員の間で意見が割れたようだ。

 絶対服従者 人口が減り労働力が不足した、どことも知れない社会。変異した昆虫たちが、人の仕事を行うようになっている。中でも社会性を持つアリとハチは高い知能を有しており、会話することもできた。人の社会で落ちこぼれた主人公は、そんなアリの代弁者を職業にするが、選挙に絡んだ陰謀にかかわっていくことになる。
 かおばな憑依帖 将軍吉宗の時代、江戸では尾張徳川家と紀州徳川家が、将軍の座を巡って覇権争いを繰り広げていた。それは、怨霊対生霊、剣の達人対忍者たちによる、まさに闇の戦いでもあった。町道場の美剣士は、将軍の密命を帯びて京へと上るが、様々な動機を帯びた刺客たちに命を狙われる。

 関俊介は1976年生まれ。1997年の第1回角川学園小説大賞(2010年第15回で終了)にて金賞を受賞したが、その後長いブランクを経て本作で再デビューとなった。SF的な設定の物語だが、選評のなかでは、昆虫が人語を喋るという設定など、むしろ科学的な整合性の不備を問題にされたようだ(椎名誠、鈴木光司)。しかし、この昆虫たちは、いま我々が知っている昆虫とは別物のように描かれている。アリの女王やスズメバチの外観は、まるで艶めかしい女性のように見えるし、人間的な感情を持っている。昆虫社会が、著者の体験を反映した非正規雇用のデフォルメであることは、特に隠されてもいない。
 三國青葉は1962年生まれ。時代小説のマニアなので、(評者は専門外ながら)本書でも背景となる江戸時代の考証と、既存作品に対するオマージュには拘ったという。お茶の水女子大学在籍当時は、SF研究会に所属。目次はSFに準拠するらしい(あいにく、これもよく分からない)。江戸時代のお話しながら、陰陽師の物語のような怨霊たちが跋扈する。忍者は、本書の中では魔法使いの集団だ。乱刃シーンも多数あるが、時代小説というより時代ファンタジイだろう。時代小説は女性ファンが増えているジャンルだけに、こういう変革派も期待できるかもしれない。

 

2013/1/13

ロバート・チャールズ・ウィルスン『ペルセウス座流星群』(東京創元社)
The Perseids and Other Stories,2000(茂木健訳)

Cover Illustration:鷲尾直広、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 《時間封鎖3部作》で人気を得た著者だが、3部作発表前の2000年に、主にアンソロジーに書き下ろした短編(6編)と、新作短編(3編)とを併せて編んだオムニバス作品集である。共通の舞台として、カナダのトロントにあるファインダーズ古書店を据えたところが特徴だ。

アブラハムの森*:20世紀の初め、心を病んだ姉と二人暮らしのユダヤ少年が古書店主から得たもの
ペルセウス座流星群(1995):離婚した男は、望遠鏡を売る女と仲良くなり、その元恋人の富豪と知り合う
街のなかの街(1997):深夜の街中を彷徨う趣味を持つ主人公は、見知らぬ街の中の街を知る
観測者(1998):パロマ天文台が開設された時代、カナダ人の少女が叔父の恩師でもあるハッブルと親しくなる
薬剤の使用に関する約定書(1997):精神の病を薬物で治療中の男は、同じアパートの患者と知り合うが
寝室の窓から月を愛でるユリシーズ*:骨董趣味を持つ友人を訪れた男は、その妻とも微妙な関係にある
プラトンの鏡(1999):いかがわしいトンデモ科学本を書く作家の元に、自著で書いた鏡が届けられる
無限による分割(1998):生きる目的を失った老境の主人公は、古本屋の店主から奇妙な本をもらう
パール・ベイビー*:古本屋を譲られた女性は、真珠色をした人形のようなものを生み落す
 *:本書のための書下し

 古本屋の得体のしれない主人を狂言回しに、その人物とは深く関係しない、しかしスーパーナチュラルな事件(霊的な現象、UFOと異星人、予言する石、真実を映す鏡、人生を語る本、有機物か無機物か分からない人形)が起こる。この「無関係」というのが肝で、あくまでもこの現象は、各物語の主人公たちの行動に起因するのである。些事にかまける登場人物が、知らない間に不可解な事件に巻き込まれているという設定なのだ。しかし、その展開は日常生活と必ずしもシームレスにつながっていないので、しっくりこない作品もある。オルダス・ハクスリーや天文学者ハッブルまで登場させた「観測者」や、著名SF作家による未知の長編が出てくる「無限による分割」などは、もう少しディティールを読んでみたかった。

 

2013/1/20

ケイジ・ベイカー『黒き計画、白き騎士』(早川書房)
Black Projects, White Knights, 2002(中村仁美、古沢嘉通訳)

カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン、カバーイラスト:Sparth

 ケイジ・ベイカーは、過去にSFマガジンに短編が掲載されただけの作家で、本書が単行本での初紹介になる。1952年生まれ。デビューは遅く、45歳になった1997年(本書収録の「貴腐」)のことだった。長年勤めていた会社のリストラで失業、劇団で働きもしたが生活できず、80年代に一度は諦めた作家業に再挑戦し、ようやく報われたのだという。本書収録作は、そのスタートの頃に書いた初期の《カンパニー》ものだ。書下ろし以外は、すべてアシモフズSF誌に掲載されたものである。

ゼウスの猟犬たち*:カンパニーの秘密とは何かを仄めかすイントロダクション
貴腐(1997):19世紀のサンタバーバラ、エージェントである植物学者が知る現地人の秘密
スマート・アレック(1999):24世紀、大富豪の息子となった少年エージェントの才能
カルーギン博士の逮捕に関連する事実について(1997):ロシア入植地だったころのサンフランシスコ郊外
オールド・フラット・トップ*:クロマニヨン人の少年が、霧に閉ざされた山上で見たものとは
ここに葬られし亡骸(2001):再建されたグローブ座で、観光客相手に語るシェイクスピアの人工知能
リテラリー・エージェント(1998):自殺を考えていた作家スティーヴンスンの前に現れた男の正体
レムリアは甦る!(1998):西海岸の砂丘に住むレムリアの末裔と称する男
グラッドストーン号の遭難(1998):嵐のさなか、沈没船の引き上げを巡って起こるエージェントの葛藤
モンスター・ストーリー(2001):10歳でその人物の将来が確定される〈選別〉を出し抜く方法
ハヌマーン(2002):原人の遺伝子を持つ男は、いかにして生まれたのか
スタジオの便利屋、マリブの海に消ゆ(2001):定期的に死ぬことで人々を欺いてきた男が助けた女性
将来有望な少年(2002):14歳になった天才ハッカーの初仕事は、沈んだ荷物のサルベージだったが
黄衣の女王*:20世紀初めエジプトの遺跡を発掘する学者は、助手の振る舞いに疑念を感じていた
ハーランズ・ランディングのホテルにて*:岬に建つ古びたコテージに集まった人々の秘密
 *:本書のための書下し

 「時間SFの金字塔」と帯にあり、表紙もハードSF風なので、そんなイメージで読み始めるとだいぶ印象が異なる。本書は、皮肉と諧謔を交えた、ある種のユーモアSFなのだ。そもそもタイム・パトロールものでもない。24世紀、莫大な財力を持つ権力者は、過去の貴重な事物を金に飽かさず収集している。カンパニーはまさに会社なのであって、富豪の依頼を受け、過去に不死身のサイボーグ・エージェントを放ち、財産を密かに(歴史が変わると宝物が未来に届かないため)盗み取っているのだ。個性的な主人公が多い。極端な24世紀管理社会を出し抜く天才ハッカー、孤高の女性植物学者、ネアンデルタールの殺し屋、原人アウストラロピテクスの遺伝子を持つエージェントなどなど、後のシリーズで活躍する(であろう)、主要登場人物が出てくる前日譚という意味もある。残念なことにベイカーは2010年に57歳の若さで亡くなっているが、《カンパニー》もの長編9作を含む著作が16冊もあるので、翻訳の機会はまだあるだろう。

 

2013/1/27

 本書は、イモナベと綽名される一人のテナーサックスプレーヤーの物語である。ただし、その忘れられたジャズマン自体が主人公ではなく、さまざまな傍証から足跡をたどるという構成になっている。そして、キーワードは、カフカの「変身」(正しく翻訳すると「変態」)なのだ。

川辺のザムザ(2006/1):1973年偶然イモナベのライブを聞いた私は、1990年に再びその姿を見る
地中のザムザとは何者?(2011/6):博物館にあるザムザテラネウスと呼ばれる巨大な虫の化石の謎
菊池英久「渡辺柾一論−虫愛づるテナーマン」について(2006/3):イモナベを論じたエッセイに書かれていたこと
虫王伝(2009/7):スカイツリーに登る巨大な虫の幻影と、ザムザという男をリーダーとするバンドの関係
特集「ニッポンのジャズマン二〇〇人」−畝木真治(2006/5):イモナベに近かった一人のジャズマンの評伝
虫樹譚(2009/2):近未来のいつか、工業地帯の古タイヤ置き場に集う奇怪な人々の中心にあるものとは
Metamorphosis(2011/4):不明確なイモナベの活動を調べる私は未知のレコードの存在を知る
変身の書架(2010/1):ヨーロッパの迷路のような街で、私はカフカ「変身」の演劇を見る
「川辺のザムザ」再説(2012/5):川辺で行われたイモナベのコンサート映像に映っていたもの

 一連の作品とはいえ、6年間にわたって「すばる」に分載されたものなので、一貫していない。しかし、その不統一さをむしろ生かした、極めて重層的な物語に仕上がっている。イモナベは、最初存在感に乏しいマイナーなジャズメンとして登場する。しかし、彼は虫に傾倒しており(量的に見れば、地球の支配者は実は虫たちだ)、自らの活動の中で、虫に変身(変態)したカフカのザムザとなろうとしている。それが、さまざまな架空の文献を経て例証されていく。全身に言語の入れ墨を彫った男や、虫樹=宇宙樹と呼ばれる植物は、一生変化のない人間を超越した、次の段階への進化を象徴するものとして現れるのだ。