コードウェイナー・スミス『スキャナーに生きがいはない』(早川書房)
The Rediscovery of Man,1975/93(伊藤典夫・浅倉久志訳)
Cover:岩郷重力+N.S
コードウェイナー・スミスの短篇集は、J・J・ピアースによる1975年のThe Best of Cordwainer Smithが『鼠と竜のゲーム』(1982)と、『シェイヨルという名の星』(1992)の2分冊になり、また79年のThe Instrumentality of Mankindが『第81Q
戦争』(1997)として翻訳紹介されてきた。これらで、主要作品の大半は読むことができたわけだ。
そこからもう20年が過ぎた。本書は、93年に出たThe Rediscovery of Man: The Complete Short Science Fiction of Cordwainer Smithを底本として新たに編まれたものだ。《人類補完機構》の全短篇を凡そ年代順に並べ、かつ《キャッシャー・オニール》などの中編も含めた全3巻の完全版となっている。第1巻は15篇を収める。純粋な初訳は1編のみだが、単行本初収録となる原作の改稿版を含んでいる。
夢幻世界へ(1959):ソ連の秘密都市でひそかに進められた計画の結末
第81Q戦争・改稿版(1961/93)初訳:チベットとアメリカによる限定戦争競技のありさま
マーク・エルフ(1957):遥か未来に帰還したドイツの宇宙船から少女が目覚める
昼下がりの昼下がりの女王(1978):もう1人の帰還少女は、真人や動物人間たちと出会う
スキャナーに生きがいはない(1950):ある日スキャナーの存在を脅かす発見が知らされる
星の海に魂の帆をかけた女(1960):光子帆船の船乗りとゴシップに追われる女との世紀の恋
人びとが降った日(1959):金星を征服するため空から降ってくる人民の群れ
青をこころに、一、二と数えよ(1963):宇宙船で目覚めた美女に与えられた暗示の意味
大佐は無の極から帰った(1979):平面航法から帰還した男は不自然な姿勢を取り続けた
鼠と竜のゲーム(1955):平面航法で飛ぶ宇宙船を守る猫たちと竜との戦い
燃える脳(1958):目的地を失った船を戻すための起死回生の打開策とは
ガスタブルの惑星より(1962):その星に住む知的生物は厄介な訪問者となる
アナクロンに独り(1993)初訳:タイムシップの事故で男は混沌時間に呑み込まれる
スズダル中佐の犯罪と栄光(1964):異様な生態の人類と接触した中佐の犯した犯罪とは
黄金の船が−おお!おお!おお!(1959):侵略を防ぐ最終兵器、巨大な黄金の船の正体
スミスは1966年に53歳で亡くなっている。未成年時代から書きはじめ、37歳でデビューしたことになる。若くして亡くなっていなければ、正体が明かされるのはもっと後だったかもしれない。本書に収められた死後の発表作は、合作者だったジュヌヴィーヴによって仕上げられたものだ。
死後半世紀を経て、スミスの今日的な意義はどれほどあるのだろうか。《人類補完機構》というタームは、日本でもエヴァンゲリオン等アニメ分野に影響を与えた。アメリカ政治に関わる謎めいた経歴(孫文が名付け親、政治学者、極東の専門家で政権顧問だった)、読者を無視した不親切な用語や破天荒な設定(チャイネシア、マンショニャッガー、補完機構、真人類、猫人間、平面航法、ピンライター、スキャナー)、当時でさえ何度も没となる素人めいた小説(設定の説明だけで唐突に終わるなど、書割のような小説)。スミスはこれらの混淆として認知されている。どれが欠けても注目度は下がっただろう。
もともと著者の趣味で書かれた小説なのだから、読者におもねるつもりなど全くなかった。しかし、2万年近くに及ぶ(不完全な)ジクソーパズルのような未来史や、人を変容させ、猫や動物を擬人化する発想は読者の想像をかきたてるものだった。過去に日本で盛り上がったスミス熱や、今日まで残る影響は、こういう異様な創造物と小説の不完全さのギャップが生むインパクトに起因すると思われる。
|