2018/3/4

宮内悠介『超動く家にて』(東京創元社)

宮内悠介『超動く家にて』(東京創元社)

Cover design:岩郷重力+S.K

 書下ろし1編を含む全16編を収めた、著者の最新短編集である。デビュー直後の2011年(創元SF短編賞受賞作が掲載された『原色の想像力』が2010年12月、最初の短編集『盤上の夜』が2012年3月)から17年までの作品で、媒体も一般誌の他、同人誌、Web雑誌、PR誌など多岐に渡る。既存の作品集に収められなかった、やや変則的なものを集めたといえるだろう。

 トランジスタ技術の圧縮(2012)雑誌を切り詰める技術を競い、伝説の職人が技を駆使する。文学部のこと(2012)その文学部では、古代より誰も作れない神文の発酵を試みていた。アニマとエーファ(2016)戦乱で乱れた小さな国で、消えゆく国語を使って物語を紡ぐロボットが作られた。今日泥棒(2012)日めくりカレンダーをめぐる家庭内の会話。エターナル・レガシー(2017)自宅に現れた男は、自分はZ80だと名乗って居つく。超動く家にて(2011)エラリイとルルウは、回転する家で起こった密室殺人の謎を解く。夜間飛行(2014)夜間飛行するパイロットとAIナビとの会話。弥生の鯨(2014)メタンハイドレート採りを生業にする島で、1人の女とクジラとの交感の行方。法則(2015)ヴァン・ダインの二十則に従う世界で起こる殺人事件。ゲーマーズ・ゴースト(2013)駆け落ち中のカップルが道中拾う、どこか奇妙な同行者たちの正体とは。犬か猫か?(2013)エルヴィンとアリスは、ぬいぐるみが犬か猫かを言い争う。スモーク・オン・ザ・ウォーター(2016)隕石が落ちたあと、死が間近の患者たちが次々行方不明になる。エラリー・クイーン数(2010)本格ミステリに近いほど0になるクイーン数とは。かぎ括弧のようなもの(2013)現場に残されたかぎ括弧のような凶器。クローム再襲撃(書下し)巨額の資産を隠し持つクロームをハッキングしようとする、2人の襲撃者の苦闘。星間野球 (2012)宇宙ステーションから次に帰還する順番を賭け、古い野球盤で競う2人の男。

 宮内悠介は1979年生まれのはずなのに、なぜこんな古いことを今頃書くのだろう、と思うことがある。たとえば「トランジスタ技術の圧縮」にある3分の2が広告だった技術雑誌「トラ技」(広告は、電子部品の時価を知ることのできる貴重な情報源だったが、記事の保存時にはかさばるので不要だった)は、前ネット時代の話で今の同誌とは体裁が全く違うし、「エターナル・レガシー」のZ80(8bit CPU)が話題になったのは、著者が生まれる前の話である。懐かしさや、個人的体験だけで書いているわけではないのだ。

 これ以外でも「文学部のこと」の円城塔、「クローム再襲撃」の村上春樹やギブスン模写(あとがきの解説も模写)、ミステリやSFに対する斬新な切り口などを見せて、本書が単なる寄せ集めではなく、(意図的にそうしたかどうかはともかく)多様な才能のサンプルであることが分かる仕掛けになっている。

 冒頭の作品について、生真面目なだけとは思われたくないので、あえて「くだらない話を書く必要にせまられていた」と、あとがきにある。その後『スペース金融道』など、奇想ネタ中心の作品集も出しているのだから、いま生真面目一本と思う読者はいない。デビュー当初の著者の葛藤がうかがえる興味深いエピソードだろう。本書では、そういうバランス感覚で書かれた、一発アイデアのネタ小説が多く集められている。会話だけで成立させたショートショート「夜間飛行」「今日泥棒」などもあり、著者の幅広さがうかがえるのは面白い。


2018/3/11

古橋秀之『百万光年のちょっと先』(集英社)

古橋秀之『百万光年のちょっと先』(集英社)

画:矢吹健太朗、装丁:百足屋ユウコ(ムシカゴグラフィックス)

 この作品が載った、徳間書店の「SF Japan」は2000年創刊ー2011年休刊のSF専門誌である。当時は、徳間書店が主催する日本SF新人賞と、後援する日本SF大賞があったため、新人や受賞者の受け皿となるバックアップ誌が必要だった。ただ、SF Japanは不定期刊だった。年によって2回ないし3回発行し、末期の2010,11年は1回しか出なかった。

 そのSF Japan2005年WINTERから2011年SPRINGにかけて、古橋秀之がおよそ3話づつ(7話載った回もある)14回連載したショートショート48編は、雑誌休刊の影響もあったのか、長年単行本化されずに埋もれていた。本書は、書下ろし2編を加えて50作(PROLOGUE、EPILOGUEを含む)とし、イラストも一新した集英社JUMP j BOOKS版である。各編(400字換算12〜13枚)とも、古い人型の自動家政婦(ロボット)が、子どもにお話を語り聞かせるというスタイルで書かれている。

 百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし、と物語は始まる。長い戦争のあげく生まれる前に徴兵されてしまう惑星、不死の超人兵士と悪魔との駆け引き、自分の宇宙的幸運を自慢し合う4人の男たち、遠距離恋愛を仲立ちするロボット、宇宙の穴底に潜む男と漂着する娘、少年の見た多層構造の夢、亜空間を泳ぐ恋するクジラが見た宇宙船、出勤時に仮面を付け忘れた青年の運命、大地で朽ち果てる巨人破壊兵器が出会う少年少女、宇宙動物園でエネルギー球に閉じ込められた男の正体、成長し老化したあとその過程が逆転する世界、サイコロで自分の運命を決める男が知る究極の姿、軌道の関係で百年に一度しか帰れない彗星の鉱夫たち、一瞬でコミュニケーションが取れる非言語的言語、巨大な図書館にこもりすべてを読み通そうとした男、指が12本になった学者が思いつく12進法の先、墓石をかすめる風の中に生まれた生命、海岸に流れ着く未知の技術で作られたボトルメール、肉体を失った人類はガラスの実と化して枝を揺らす、などなど。

 子どもに話すスタイルといっても、おとぎ話とはちょっと違う。ファンタジイよりもSF寄り、厳密なサイエンスではないがハードSFの風味を感じさせる。法螺話、落とし噺よりもう少し理づめ、文明風刺はあっても卑近な社会風刺はなく、暗さはないがどこかほろ苦さを伴う物語が多い。登場人物は人間ではないかロボットのような機械だが、非人間的な描写はされない。たとえば、ブラックホールも擬人化される。どちらかといえば、レムの『ロボット物語』や『宇宙創成期ロボットの旅』と似た雰囲気がある。


2018/3/18

ラリイ・ニーヴン『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』(早川書房)

ラリイ・ニーヴン『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』(早川書房)
Inconstant Moon and Other Stories,2018(小隅黎・伊藤典夫訳)

カバーデザイン:早川書房デザイン室

 同題の短編集が過去に出ているが、本書は新規に編まれたベスト版である。同じくベスト版で再刊したヴァーリイなどとは少し事情が違って、表題作の映画化(Fox2000)を機に出たものだ。

 帝国の遺物(1966/80):15億年前に絶滅した帝国の遺産を調査する科学者の前に、ならず者たちを乗せた船が着陸する。中性子星(1966/69):中性子星近接を飛んだ宇宙船で、損傷不可能なはずのゼネラル・プロダクツ製船殻に異常が生じた。原因は何か。太陽系(ソル)辺境空域(1975/77):地球に向かうハイパードライブ船が次々行方不明になる。謎の究明に向かった主人公の見たものとは。無常の月(1971/73):月が異常に明るくなった夜、世界の破滅を悟った主人公は恋人とともに夜を明かそうとするが。ホール・マン(1974/76):火星で発見された異星人の基地には、大掛かりな装置で保持された大質量をもつ何かが設置されていた。終末も遠くない(1969/71):あらゆる魔法を無効化する剣を持つ男に、魔法使いは巧妙な一手で立ち向かおうとする。馬を生け捕れ!(1969/72):絶滅動物である馬を捕獲するため、主人公はおよそ2000年をタイムトラベルするが。
 *(原著初出年/翻訳初出年)

 このうち「帝国の遺物」「無常の月」が星雲賞受賞作、「中性子星」「太陽系辺境空域」「無常の月」「ホール・マン」までがヒューゴー賞受賞作だ。上記作品は1970年代に紹介されており、当時はハードなアイデアを素早く取り入れる軽快さが人気だった。例えば「中性子星」は、理論的には分かっていた中性子星を、実際に発見される直前に描いたもの(ブラックホールが話題になるのはこの後である。ちなみに、中性子星とブラックホールは、元になる質量が異なるため物理的なふるまいが違う)。こういうハードなワンアイデアの扱いと、ベーオウルフ・シェイファーなど個性的な登場人物との組み合わせが面白い。また、剣と魔法ものの《ウォーロック》(『魔法の国が消えていく』)なども得意で「終末は遠くない」はその一編、ドジなタイムトラベラーを描くコメディ《タイムハンター・スヴェッツ》(『ガラスの短剣』)から「馬を生け捕れ!」を収録している。 

 受賞作中心とはいえ300ページ余り、全部で7作だけでは、ニーヴンを知るにはちょっと物足りないと思う。今読んでもニーヴンのハードSFは読みやすいし、古びた感じがしない。アイデアの料理法は、最近のこわもてイーガンと対極をなすソフトさ。小川一水の宇宙ものを思わせる雰囲気があり、現在でも通用するだろう。

 ただし、早川・創元を問わず、ニーヴンの作品を新刊で入手することは、もはやできなくなっている(古書なら出回っている)。1970-90年代に星雲賞を5回(内2回はニーヴン&パーネル)受賞するなど人気を誇っていたのに、今ではすっかり忘れられた作家になってしまった。故人ではないし、80歳の今も現役作家なのだから残念なことだ。『リングワールド』のTVドラマ化(Amazonビデオで予定)が実現したら、また何作かは復刊する可能性がある。再評価が待たれる。


2018/3/25

ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』(河出書房) ダグラス・アダムス『長く暗い魂のティータイム』(河出書房)

ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』(河出書房)
Dirk Gently's Holistic Detective Agency,1987(安原和見訳)

ダグラス・アダムス『長く暗い魂のティータイム』(河出書房)
The Long Dark Tea-Time of the Soul,1988(安原和見訳)

カバーデザイン:加藤賢策(LABORATORIES)、カバー装画:ひらのりょう(FOGHORN)、カバーフォーマット:佐々木暁

《銀河ヒッチハイク・ガイド》(1979-92)で世界的なベストセラー作家となったダグラス・アダムスの、遺作ともなった《ダーク・ジェントリー》が昨年12月とこの3月に相次いで翻訳された。遺作と書いたのは、死の翌年2002年に出た遺稿集に、シリーズ第3部となる未完の長編 The Salmon of Doubt が収められていたからである。銀河ヒッチハイクに入らなかったアイデアを投入した作品らしく、読みたい気はするが何れにしても完結はしていない。オリジナル出版から30年、Netflixドラマ化(「私立探偵ダーク・ジェントリー」)が契機とはいえ、翻訳が出たこの2巻だけでも十分価値があるだろう。

 主人公はある種の音楽ソフトで大ヒットを飛ばし名を上げるのだが、ある日自社のオーナーを襲う不幸な事件を端緒に、ケンブリッジ周辺で発生する奇怪な騒動に巻き込まれる。そこで、昔の学友でこれも不幸な事件で放校された探偵、ダーク・ジェントリーに応援を求める。ジェントリーは「あらゆる謎を万物の関連性から解きほぐす」と称する半ば詐欺師めいた男だった。
 次の事件は依頼人の猟奇的殺人から始まる。その事件は、空港で起こった爆発騒ぎや、超常的な力を持つ正体不明の人々などと関係しながら、都会の裏側に潜む原始的な存在を浮かび上がらせる。超常者の正体は何か、依頼人はなぜ殺されたのか、残された書類に書かれたものとは、そもそも探偵に襲いかかってくる鷲は何なのか。

 ダグラス・アダムスはモンティ・パイソンの脚本家でも知られており、多重に繰り出される不条理なギャグが何といっても最高に面白い。もともと《銀河ヒッチハイク・ガイド》がラジオドラマだった関係で、言葉から喚起される笑いにこだわった作品が多いのだ。 

 冒頭突然、馬に乗った電動修道士が登場する。その馬はすぐ後で大学教授の浴室に出現する。大学教授というのがよく分からない人物で、はるか昔から大学にいるらしい。物忘れもひどく、何歳かもわからない。主人公はプログラムの天才で、ビジネスデータを音楽に変えてしまうソフトまで作ってしまうが、なぜかソファが部屋に入らず、Macでワイヤフレームモデルを作って入れ方を研究している(アダムスは本書を1986年頃の最新Mac PlusとLaserWriter Plusで書いている。物語にも、当時のコンピュータ事情が反映されている)。主人公も変人、当然探偵も普通ではない。その背景に、コールリッジの詩が謎めいた形で引用される。登場人物すべてがおかしく、言動の端々にまで皮肉を効かせたお話づくりは、いかにもモンティ・パイソン風だろう。

 前回読んでから10年余、その時も思ったのだが本当にアダムスは古びない。例えば物語中の30年前のMacとかが古そうに見えないのは、スペック的な細部にこだわっていないからである。我々は英国人ではないので、ロンドン近辺の描写に違和感を覚えることもない。何より時事性を超越した皮肉は、いつまでたっても毒をはらんでいる。