ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』(河出書房) Dirk Gently's Holistic Detective Agency,1987(安原和見訳)
ダグラス・アダムス『長く暗い魂のティータイム』(河出書房) The Long Dark Tea-Time of the Soul,1988(安原和見訳)
カバーデザイン:加藤賢策(LABORATORIES)、カバー装画:ひらのりょう(FOGHORN)、カバーフォーマット:佐々木暁
《銀河ヒッチハイク・ガイド》(1979-92)で世界的なベストセラー作家となったダグラス・アダムスの、遺作ともなった《ダーク・ジェントリー》が昨年12月とこの3月に相次いで翻訳された。遺作と書いたのは、死の翌年2002年に出た遺稿集に、シリーズ第3部となる未完の長編
The Salmon of Doubt
が収められていたからである。銀河ヒッチハイクに入らなかったアイデアを投入した作品らしく、読みたい気はするが何れにしても完結はしていない。オリジナル出版から30年、Netflixドラマ化(「私立探偵ダーク・ジェントリー」)が契機とはいえ、翻訳が出たこの2巻だけでも十分価値があるだろう。
主人公はある種の音楽ソフトで大ヒットを飛ばし名を上げるのだが、ある日自社のオーナーを襲う不幸な事件を端緒に、ケンブリッジ周辺で発生する奇怪な騒動に巻き込まれる。そこで、昔の学友でこれも不幸な事件で放校された探偵、ダーク・ジェントリーに応援を求める。ジェントリーは「あらゆる謎を万物の関連性から解きほぐす」と称する半ば詐欺師めいた男だった。
次の事件は依頼人の猟奇的殺人から始まる。その事件は、空港で起こった爆発騒ぎや、超常的な力を持つ正体不明の人々などと関係しながら、都会の裏側に潜む原始的な存在を浮かび上がらせる。超常者の正体は何か、依頼人はなぜ殺されたのか、残された書類に書かれたものとは、そもそも探偵に襲いかかってくる鷲は何なのか。
ダグラス・アダムスはモンティ・パイソンの脚本家でも知られており、多重に繰り出される不条理なギャグが何といっても最高に面白い。もともと《銀河ヒッチハイク・ガイド》がラジオドラマだった関係で、言葉から喚起される笑いにこだわった作品が多いのだ。
冒頭突然、馬に乗った電動修道士が登場する。その馬はすぐ後で大学教授の浴室に出現する。大学教授というのがよく分からない人物で、はるか昔から大学にいるらしい。物忘れもひどく、何歳かもわからない。主人公はプログラムの天才で、ビジネスデータを音楽に変えてしまうソフトまで作ってしまうが、なぜかソファが部屋に入らず、Macでワイヤフレームモデルを作って入れ方を研究している(アダムスは本書を1986年頃の最新Mac PlusとLaserWriter
Plusで書いている。物語にも、当時のコンピュータ事情が反映されている)。主人公も変人、当然探偵も普通ではない。その背景に、コールリッジの詩が謎めいた形で引用される。登場人物すべてがおかしく、言動の端々にまで皮肉を効かせたお話づくりは、いかにもモンティ・パイソン風だろう。
前回読んでから10年余、その時も思ったのだが本当にアダムスは古びない。例えば物語中の30年前のMacとかが古そうに見えないのは、スペック的な細部にこだわっていないからである。我々は英国人ではないので、ロンドン近辺の描写に違和感を覚えることもない。何より時事性を超越した皮肉は、いつまでたっても毒をはらんでいる。
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