前作『永遠の森 博物館惑星』が出たのが2000年7月、ほぼ19年ぶりの続編刊行となる。星雲賞や推理作家協会賞を受賞した『永遠の森』以降、枝編の数作があったものの、連載形式で正式に再開されたのは18年4月と最近のことである。本書では全6作の中編(100枚前後)を収録しているが、この連作はまだ続く。
黒い四角形:どう評価すべきなのか分からない黒い真四角の展示品は、観客に反応するインタラクティブ・アートだった。お開きはまだ:盲目のミュージカル評論家は新しい感覚センサを得て新作発表会に参加するが、そこには批評を快く思わない人物もいた。手回しオルガン:名画のモデルともなった手回しオルガンと老いた奏者には、ある因縁が隠されていた。オパールと詐欺師:愛犬の歯のオパール化を望む男と相棒。だが、相棒には詐欺師の過去があった。白鳥広場にて:広場に設けられた巨大なオブジェは、観客が何をしようとも受け入れた。その自由さが思わぬ事件を生む。不見(みず)の月:著名画家の長女は絵を志していたが、亡くなる前の父親から酷評され複雑な感情を抱いていた。
前作と同様、いつとも知れない未来。1世紀後なのか、2世紀後なのか明確な言及はない。博物館惑星アフロディーテはオーストラリアほどもある小惑星を、月と地球との間の重力均衡点、ラグランジュ3ポイント(地球を挟んで月の反対側)に設置した人工の衛星である。内部にマイクロブラックホールを置いて重力制御を行ったり、天候も自在にコントロールしている。地球にはどうやら国家は既になく、統一政府が作られているようだ。だからこそ、地球上にあったあらゆる「美しいもの」を集積し保管する施設が可能となっている。
そんな博物館惑星もオープンして半世紀が経過した。前作で活躍した孝弘やネネは、今回ベテラン職員として再登場する。物語は〈権限を持った自警団〉に属する健(ケン)と、〈総合管轄部署〉所属の尚美(ナオミ)という2人の新人を軸に進む。警備と総務の若手というわけだが、惑星内の博物館や展示場を舞台にするだけあって、芸術家、画商、批評家、俳優、大道芸人、パフォーマーなどなど異能を持った人々が絡んでくる。
この作品には、人の情動を学習するデータベース〈ディケ=ダイク〉がある種のAIとして登場する。しかし「情動を学習する」とはどういう意味だろう。
物語では、老芸術家を師と慕う若手、冷静な分析のため楽しみを封じる批評家、遺すべきはモノなのか行為なのかと悩む学芸員たち、親の真意を疑う子ども、詐欺師や犯罪者でさえも人間的な情動を顕わにする。著者の描く人間は(前作から19年を経て)さらに深く個人の感情、情動に踏み込んでいるようだ。登場人物たちは芸術家だが、仮面を被り一見平静な世俗的人間の奥底にも、こういう純粋な情動が隠されているのかもしれない。