出版業は、毎年新しいものが投入されないと成り立たない。いくら傑作だからといっても、古いものだけで飽和すると、新作が入る余地がなくなるからだ。結果的に、“年間消費”される以上の本は、文字通り捨てられていくのである。市場の小さな中短編では特にそうだ。中村融による翻訳アンソロジイは、そういう隙間を照らし出す視点で編まれている。本書でも「埋もれている佳作を世に出したい」という観点から、マイナーでほぼ忘れられている、しかし復権させるべき作品が選ばれている。
ロバート・F.ヤング「真鍮の都」(1965/1986):シエラザードを連れ出した男は真鍮色の都市に迷い込む
マイケル・ムアコック「時を生きる種族」(1964/1977*):時を知らない異邦人が訪れる時間が支配する街
L.スプレイグ・ディ・キャンプ「恐竜狩り」(1956/1971*):恐竜狩りツアーで客が引き起こすトラブル
ロバート・シルヴァーバーグ「マグワンプ4」(1959/1974):間違い電話から男は奇妙な時間線に拉致られる
フリッツ・ライバー「地獄堕ちの朝」(1959/*):自身の正体を知らない男は女に導かれるままに部屋を出る
ミルドレッド・クリンガーマン「緑のベルベットの外套を買った日」(1958/*):似合わない外套が紡ぐ恋
T.L.シャーレッド「努力」(1947/1964*):歴史を自在に覗ける装置はやがて知られざる真実を暴きだす
(初出年/初翻訳年)で記載。*とあるのは、本書での新訳または初訳
編者には、先に時間SFアンソロジイ『時の娘』(2009)がある。そちらは、副題「ロマンティック時間SF」とあり、ロマンスものを意識した編み方だったのに対し、本書は「ファンタスティック時間SF」なので、時間旅行をやや不可思議/ビターに捉えたものが中心になる。50〜60年代SFが中心のなか、1作だけ、第2次世界大戦直後の1947年に発表された中編「努力」が異色作である。ここでのタイムマシンは、ある種のタイムカメラなのだが、オフィシャルな歴史と真実の出来事との乖離を予言的に描き出した力作だ。真実を知ったとき何が起こるかは、半世紀後のインターネット社会で現実化した。ウィキリークスなど、その事例は事欠かないだろう。もちろん本作は予言の書ではなく、人間社会の本質を描きだしているのだ。
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