ジョージ・R・R・マーチン『ナイトフライヤー』(早川書房) Nightflyers and Other Stories,1985(酒井昭伸訳)
カバーイラスト:鈴木康士、カバーデザイン:早川書房デザイン室
エミー賞累計最多受賞ドラマ《ゲーム・オブ・スローンズ》の原作者にして脚本、プロデューサーまでを手がけた著名作家にしては、マーチンの新刊入手可能な作品は同シリーズ以外ほとんどない。シリーズの印象があまりに強すぎて、毛色が違う『サンドキングズ』とか『タフの方舟』、あるいは《ワイルド・カード》に人気が出ないせいだろう。本書も表題作のNetflixドラマ化がらみだが、既存短編集に収録されていない初期の大物が読めるという点が貴重だ。
ナイトフライヤー(1980):遥か古代から宇宙を渡る謎の生命体ヴォルクリン、それを追う宇宙船ナイトフライヤーの9人の乗組員たちに奇怪な現象が襲いかかる。オーバーライド(1973)*:ゾンビを操り鉱山で原石を掘る主人公は、地下の採掘場で思わぬ事態に陥る。ウィークエンドは戦場で(1977)*:レジャーとして設けられた戦場だったが、主人公は同僚との現実的な関係から逃れられない。七たび戒めん、人を殺めるなかれと(1975):ピラミッドを崇める原住民を、力づくで排除しようとする宗教的カルト集団の顛末。スター・リングの彩炎をもってしても(1976)*:
時空をつなぐゲートは、維持するために膨大なエネルギーを必要とする。そこで新たな実験が試みられるが。この歌を、ライアに(1974):人類よりも古い異星の文明は長期にわたって停滞しているようだった。しかしそこに広まる宗教には、人類までが帰依する力があるらしい。 *:初訳、これ以外もすべて新訳。
表題作(翻訳は雑誌掲載時と異なる改稿版に基づく)と「この歌を、ライアに」が長中編(ノヴェラ)に相当する。前者はローカス賞、後者はヒューゴー賞受賞作である。「七たび……」と併せて未来史《一千世界》に属する作品だ。訳者解説によると「ウィークエンド……」を除くこのほかの作品もシリーズ化予定だったものが多い。数作で途切れ、続いていないだけだ。1971年デビューのあと、最初期からまず物語の設定を大きく創って、複数の作品で埋めていく手法を模索していたのかもしれない。
相変わらずというか、初期作のころからキャラクタ造型を物語に生かすテクニックが巧い。表題作では、姿を現さない宇宙船のオーナー、ヴォルクリン追跡に執念を燃やす老科学者、遺伝子強化された強靭な女性乗組員、神経質で線の細いテレパスなどなどが船上で起こるホラー風事件と絡み合う。他の作品でも、叛骨だが気の優しさが徒となる山師や、自分のふがいなさを嘆く凡人、詩人と科学者の感性の対比、異星の宗教に惹かれていくテレパスが幻視するものと、人物の個性を描くだけでなく、情動の揺らぎを収れんさせながら結末へと導く描写力に感心する。
何しろ、集中一番新しい「ナイトフライヤー」でも40年前の作品である。当時からは社会背景、テクノロジー、倫理感すら大きく変わった。しかし、古さを感じさせる作品がないのだ。70年前のヴァンスを読んで古いと思う人は少ないが、それに近いエキゾチックさ、ヴィンテージの味わいが出ているのかもしれない。
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