2016/4/3

柴田勝家『クロニスタ 戦争人類学者』(早川書房)

柴田勝家『クロニスタ 戦争人類学者』(早川書房)

Cover Illustration:bob、Cover Desigh:岩郷重力+R.M

 第2回ハヤカワSFコンテストの大賞受賞作家による、受賞後第1作にあたる。本書の一部は『伊藤計劃トリビュート』にも収められている。著者自身、伊藤計劃を強く意識したことを認めている。全4章からなり、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』にヒントを得た構成になっているという(柴田勝家Q&A)。

 未来、人類はたがいに繋がり合った"自己相"を持つものと、持たない難民に分かれている。共和制アメリカは、難民を自己相に組み入れるため、民俗学者、心理学者らを含む統合軍を編成し、南米アンデスへと派遣する。主人公はそこで異様な能力を持つ1人の少女と出会い、社会ステムに潜む大きな矛盾を知る。

 おそらく22世紀以降の世界、国家や民族は失われ、共有された情報の元に統合されている。主人公は日本民族の血を引く人類学者で、難民たちを統合に導こうとするが、必ずしも平和的には進まない。彼らは正規軍を伴い、暴力を持って制圧することもある。しかし、自己相社会を揺るがす存在が登場することで、自らの立場に疑問を抱くようになる。

 スペイン語の年代記編者=クロニスタに、本書では文化技官という言葉を充てている(書名ではもっと分かりやすく、戦争人類学者)。従軍する兵士であり、文化変容の瞬間を記録するもの、という意味なのだろう。

 上記Q&Aの中でも明らかにされているように、受賞作と本書では意図的な差異が多く設けられている。長くゆったりした文章、フラットで曖昧なキャラクター、静的で分散化された展開、個から全へ(『ニルヤの島』)、短いハードボイルドな文、敵味方が明確なキャラ、アクション主体で1本の筋書き、全体から個(本書)などの違いだ。より映像的なビジュアルと、エンタメ性が強調されている。対称的な2作だが、同じもの(=クラウド的統合社会)を別の視点で描いたものともいえる。本書では、主人公は概ね1人に絞られている。その個人の奥底と、社会全体の闇が重なり合うところに、大きなテーマが浮かび上がってくる。

 

2016/4/10

エンミ・イタランタ『水の継承者 ノリア』(西村書店)

エンミ・イタランタ『水の継承者 ノリア』(西村書店)
TEEMESTRARIN KIRJA,2012(末延弘子訳)

Jacket image(C)Ieshyn Andrei/Shutterstock.com

 1976年生まれのフィンランド作家が書いたデストピア小説。現在は英国のケント大学に勤務する。本書が初長編となるが、17地域で出版され、国内外の多くの賞を受賞した。英語版はジェームズ・ティプトリー・ジュニア賞フィリップ・K・ディック賞アーサー・C・クラーク賞の最終候補作ともなっている。ちなみに、英語版(2014年刊)も著者自身によって書かれたもので翻訳ではない。2言語同時に完成したという。本書はフィンランド語からの翻訳だ。

 北欧のどこか。地球温暖化が進み、過去に起こった戦争の結果、水が重要な価値を持つ社会。軍が権力を握り、不正に水を得るものは厳しく処罰される。主人公は水の守護者である茶人の娘であり、父の跡を継ぐ役割を担わされている。ある日、友人と共に過去の遺物を漁っている中で、不思議な記録を見つけることになる。

 フィンランドを含むスカンジナビア連合は、中国を思わせるニューキアンによって軍事的に支配されている。ソーラーパネルやメッセンジャー(携帯端末)などはあるが、プラスチックは貴重品でゴミを使いまわしている。エネルギーは不足し、文明は明らかに後退している。そこで日本式の茶道が、水の貴重さを象徴する存在として登場する。茶室では茶道とは違う「禅」的な問答が交わされる。出てくる軍人は、中国というより旧日本軍のようだ。

 現在のフィンランドは湖と森林の国であり、水が豊富にある。一方、未来のこの国では冬が忘れられ、アブが大量発生する不快な夏しかない。物理的な水の重要さを説くバチガルピ『神の水』とは対照的に、本書での水は人々の精神的な結びつきを意味する。そこに西欧流の合理主義ではなく、東洋の茶道を描き込んだことで、ディック『高い城の男』に出てくる筮竹のような神秘性が増した。もっともその分、リアルな茶道とはほとんど別物となっている。

 また、本書では主人公と親友(女性)との親交が描かれる。若い2人の冒険と淡い恋の物語でもある。

 

2016/4/17

クリストファー・ゴールデン『遠隔機動歩兵 ティン・メン』(早川書房)

クリストファー・ゴールデン『遠隔機動歩兵 ティン・メン』(早川書房)
Tin Men,2015(山田和子訳)

カバーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:早川書房デザイン室

 「ティン・メン」は複数形になっているが、『オズの魔法使い』に出てくるブリキの木こり=ティン・マン(ティン・ウッドマン)に準えた俗称だ(本書の中でも言及される)。しかし、ユーモラスなティン・マンとは異なり、彼らは恐ろしい戦闘兵器なのだ。

 クリストファー・ゴールデンは1967年生まれの米国作家。ホラーやファンタジイ、コミックブック、ヤングアダルトや子供向けの本、脚本も手掛けるなど著作は100冊以上、ベストセラーもある。本書は、近未来を舞台にしたスリラー、ミリタリーSFである。著者自身はホラーのブラム・ストーカー賞を受賞したことがあるが、SFプロパーの作家ではない。

 世界秩序が崩壊する中、アメリカは強大な軍事力を行使し安定を図ろうとする。その主力となるのが遠隔機動歩兵と呼ばれるリモート兵士たちだ。彼らは安全な基地の中から、戦場のロボット歩兵をコントロールし、敵を地上戦で制圧する。通常兵器の大半は、ロボット歩兵には通用しなかった。しかし、アメリカに対する反感は極限に高まり、無秩序を志向するアナーキストたちは、究極の兵器で同時攻撃をかけてきた。

 リモコン兵士といっても、現在のドローン兵器とは違い、物語では完全没入型のインターフェースが用いられる。兵士の肉体は安全だが、感覚はロボットの中にある。これが、お話のポイントでもある。また、超ハイテク兵器を有するアメリカが、世界中から嫌悪されるという設定も、ポイントの一つになっている(つまり、回りがすべて敵)。

 山田和子訳の変格ミリタリーSFなので読んでみた。無敵のロボットが主人公、波乱万丈でありながらも結末の見えたお話ではあるが、さすがにアメリカ万歳では済まない点は、現代ミリタリー小説らしいといえる。ただ、この結末はちょっと時代的に先祖返りか。

 

2016/4/24

梶尾真治『杏奈は春待岬に』(新潮社)

梶尾真治『杏奈は春待岬に』(新潮社)

装画:サカイ ノビー、装幀:新潮社装幀室

 3月に出た、著者書下ろしのタイムトラベル・ロマンス長編。ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」に代表される、時間旅行と恋とを結びつける物語はたくさんあるが、著者はデビュー以来このテーマをさまざまな形で書いてきた(2003年に出た『タイムトラベル・ロマンス』に詳しく解説されている)。その集大成ともいえる作品だ。

 小学生の主人公は、田舎町(熊本県天草の西)に住む祖父母の元に遊びに行く。そのとき、桜が咲き乱れる岬の館で、美しい女性を見かけ強く惹かれる。女性は、桜の咲く季節にだけ姿を見せるのだ。齢を経て、少年は女性の兄から彼らの秘密を聞かされるが。

 未来からの時間旅行者、時間の進み方が異なる空間、故障したタイムマシンと、SF的ガジェットはすべて既定のものだろう。しかし、この岬に誰が時間旅行をしてきたのか、別々の時間流に置かれた男女の心理とか、劣ったテクノロジーでどうやってタイムマシンを修理するのかなど、物語を強める工夫には、デビュー作以来のオリジナリティが入っている。主人公が中学、高校、大学と年齢を重ねるなかで、17歳の女性=杏奈との距離が開いていくありさまが読みどころだろう。

 アンソロジイ『不思議の扉 時をかける恋』(2010)などを読むと分かるが、タイムトラベル・ロマンスの多くは、現実離れしたナィーヴさに満ちている。これらでは、ほのかな(一方的な)恋心が、いつか強靭な確信に変わっていく。しかし、主人公の思い入れだけでは、相手が同じ気持ちかどうか分からないだろう。時間的な隔絶があるから、確かめようがないのだ。もしかすると、妄想と診断されるものかもしれない。本書では、そういう部分もうまく取り込まれている。