ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン〔完全版〕』(早川書房)
Dangerous Visons,1967(伊藤典夫・浅倉久志・他訳)
カバーデザイン:川名潤
原著が出てから52年(アポロ月着陸より前)、翻訳版の第1分冊が出てから36年が経過(第2、第3分冊は出なかった)。世にいうところの(未完)伝説の一つである。今回の完全版(初訳/新訳/改訳を含む)により、全部で33編(作家は32名+序文アシモフ)を収録するアンソロジイの全貌が初めて明らかになった。エリスン再評価が進む中での刊行のため期待も大きい。半世紀を経て、いまでも「危険」なのか、どういう「ヴィジョン」なのか興味は尽きないだろう。
アシモフ(47)「序文」SFの現在(当時)の位置づけと、エリスンとの出会いについて。レスター・デル・レイ(52)「夕べの祈り」残虐な簒奪者の監視から逃れるため、男はある平穏な惑星に身を隠していた。ロバート・シルヴァーバーグ(32*)「蠅」漂流船の中で虫の息だった主人公は何ものかによって修復される。フレデリック・ポール(48)「火星人が来た日の翌日」火星人が現れる直前の夜、ふだん閑散としている田舎のモーテルは報道陣でごった返す。フィリップ・ホセ・ファーマー(49)「紫綬褒金の騎手たち、または大いなる強制飼養」紫綬褒金というある種のベーシックインカムにより人々が仕事から解放されたあとの社会。ミリアム・アレン・ディフォード(79)「マレイ・システム」凶悪な犯罪者たちのさまざまな行状に対して、あるシステムが考案される。ロバート・ブロック(50)「ジュリエットのおもちゃ」人類が激減した未来、19世紀から1人の男が〈旅行機〉に乗せられて送り込まれる。ハーラン・エリスン(33)「世界の縁にたつ都市をさまよう者」世界最後の無菌都市シティをさまよう男の生きつく果て(ブロック作品の続編として書かれた)。ブライアン・W・オールディス(52)「すべての時間が噴きでた夜」時間ガスを引くことで自在に時をもどせるようになった社会。田舎町の自宅で思わぬ事故が発生する。
ハワード・ロドマン(57)「月へ二度行った男」その男は、子どものころに行った月に再び行ったのだ主張する。フィリップ・K・ディック(49)「父祖の信仰」全体主義に支配された世界、主人公は得体の知れない傷病兵から受け取った嗅ぎタバコである真実を知る。ラリイ・ニーヴン(29*)「ジグソー・マン」過酷な刑罰を待つ受刑囚が、決死の逃亡先で見たもの。フリッツ・ライバー(57)「骨のダイスを転がそう」ギャンブル好きの男は、墓場だったところに大きなカジノができていることに気が付く。ジョー・L・ヘンズリー(51)「わが子、主(しゅ)ランディ」少年は知恵遅れと思われていたが、秘められた力を有するようだった。ポール・アンダースン(41)「理想郷」並行時間線の彼方にあるエウトピアから、さまざまな勢力が群雄割拠するアメリカを訪れた男の冒険行。デイヴィッド・R・バンチ(42)「モデランでのできごと」/「逃亡」人々が全金属化した世界モデランでは、生身の人は侮蔑の対象でしかない/空気を伸ばす作業に従事する男の独白。ジェイムズ・クロス(51)「ドールハウス」破産の危機に陥った男は未来を予見するというドールハウスを入手する。キャロル・エムシュウィラー(46)「性器(セックス)および/またはモリソン氏」太った男モリソン氏を、異様なまでに興味を持って観察する一人の女。デーモン・ナイト(45)「最後の審判」荒れ果てた大地の世界に最後の審判の日がやってくる。
シオドア・スタージョン(49)「男がみんな兄弟なら、そのひとりに妹を嫁がせるか?」貴重な資源が眠っていると思われる惑星だったが、なぜか交通手段も情報も極端に少なかった。ラリイ・アイゼンバーグ(48)「オーギュスト・クラロに何が起こったか?」クラロの偉大な発明品は大変な騒動を巻き起こす。ヘンリイ・スレッサー(50)「代用品」核戦争後のアメリカ、ピースステーションにたどり着いた兵士が知る現実。ソーニャ・ドーマン(53)「行け行け行けと鳥は言った」女は走り続ける。原始的で腕力だけに堕ちた世界の中を。ジョン・スラデック(30)「幸福な種族」中枢コンピュータ集合体によりすべての人々から仕事は無くなったが、コンピュータは異様なまでにおせっかいだった。ジョナサン・ブランド(?)「ある田舎者との出会い」学術会議のあと、バーで出会った異星から来た老教授と交わした会話の顛末。クリス・ネヴィル(52)「政府印刷局より」三歳半の少年が抱く、両親や大人に対する猜疑心。R・A・ラファティ(53)「巨馬の国」インドを旅する2人の頭の中に、なぜか未知の言葉があふれ、やがて見知らぬ土地が姿を現す。J・G・バラード(37)「認識」田舎町の外れにやってきた、巡回動物園の檻の中にいたものとは。ジョン・ブラナー(33)「ユダ」車輪のシンボルを掲げる教会に現れた男は、神との面談を求めるが。キース・ローマー(42)「破壊試験」公安警察に捕まった反体制派のリーダーは、強力な自白装置にかけられるが未知の力により妨害を受ける。ノーマン・スピンラッド(27*)「カーシノーマ・エンジェルス」機知を利かせ順調に財産を増やした男は、最後に自身を襲う病と闘うことになる。ロジャー・ゼラズニイ(30)「異端車」リバイバルした機闘士(メカドール)は、襲いかかる車を次々と屠っていったが。サミュエル・R.ディレイニー(25*)「然り、そしてゴモラ…」さまざまな都市に降り立った宇宙飛行士(スペーサー)たちは、フレルクを探してさまよう。 かっこ内は原著出版当時の年齢、*:2019年8月時点での存命者
主要作品だけと思っていたが、結局全部の作品について一言いれてみた。本書で書かれたセックスや宗教的タブーは、スタージョンを除けば古びてしまったものが多い。今日的なPCに適合しない(意図せざる)描写もある。しかし、ソーニャ・ドーマンのように問題が今でも通用する作品もある。注目ポイントを並べていくと、ファーマーはジョイスのパロディでもある文体(後半読みやすくなる)、オールディスの皮肉ぽいユーモア、ディックはドラッグ小説風に書かれたディストピア、ティム・バートンの人形アニメを見ているようなライバー、キャロル・エムシュウィラーは時代を超越した奇想小説のお手本、ラファティやバラードはそれぞれの持ち味だろうか。巻末には、スタイルで読ませるゼラズニイとディレイニーが並ぶ。ディレイニーはいつ読んでもスタイリッシュ。
何しろ半世紀前なので、収録作家でいまも存命なのは当時20-30代だった4名のみ(1割ちょっと)。シルヴァーバーグは日本で評価される『時の仮面』や『夜の翼』を書く前、濫作時代末期ごろ。ニーヴンはデビュー間もない新人作家で『リングワールド』を書くのはさらに3年後、スピンラッドは『鉄の夢』などの代表作を書く前、ディレイニーは『バベル17』を出したばかりだった。こうして見ると、収録作家の年齢が意外に高いことが分かる(平均45歳)。型破りを狙うにはちょっと若さに欠けるが、作家的には絶好調の時期ともいえる。エリスンはコアなファンが集うファンダム上がりの作家だ。同時代で読んできた(一回りから二回り)年上の作家の方が、むしろ身近に感じられたのかもしれない。
アシモフが序文で書き、解説の若島正、柳下毅一郎も指摘するとおり『危険なヴィジョン』は、アンソロジイ以前にエリスン自身の本である。大量に書かれた序文にこそ、ヴィジョンの本質があるともいえる。各著者の人となり、エリスンとの関係、著者や作品に対する意義や考え方が、きわめて「主観的」に書かれているからだ。エリスンをイメージする「危険」を前面に押し出しながら、実際は時代に即したエリスンなりの「本流であるべきSF」を選んだのだろう。エリスンはこのとき33歳だった。どのぐらいの若さだったのかというと、時代も違うし、当時すでに流行作家だったエリスンと新人を比較するのは不公平だが、たとえばいまの小川哲と同い年、伴名練が今年編集を思い立って2年後に出版すると同い年(実際本書の完成まで2年かかった)、そんなイメージになる。
ところで、本書が出て分量が倍増された続刊Again Dangerous
Visions:危険なヴィジョン再び(1972)が出たころ、評者らはニセモノめいた標題のファンジンを作っていた。「XXXXX」「XXXXX再び」「最後のXXXXX」というものだった。本家の完結編が出るまでに「最後の」を出そう、内容は倍増だと意気込んで製作したが、結局本家のLast
Dangerous Visons:最後の危険なヴィジョンが出ることはなかった。そのファンジン『最後のれべる烏賊』が出てから、もう44年が経つ。
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