伝説のSF作家、山野浩一の傑作選である。2分冊で初期から最終までの19編を収め、著者の全貌を知ることができる。なぜ“伝説”なのかと言えば、約50年前の日本SF黎明期から30年前にかけて、単行本数作分の小説を残しただけながら、その活動(評論、独自の雑誌「NW-SF」創刊、サンリオSF文庫監修など)が、当時のSF界に大きなインパクトを与えたからである。以降、競馬関係に仕事の主流が移ったため、いまでもSF作家として認知している読者は少数だろう(そのあたりの経緯は自身のprofileに詳しい)。
鳥はいまどこを飛ぶか(1971):目の前を鳥が横切るとともに、別次元へと変わっていく世界
消えた街(1964):ある日、巨大な団地全体が乾燥した荒野へと消えてしまう
赤い貨物列車(1965):都会に向かう夜行列車で、次々と繰り返される不条理な殺人事件
X電車で行こう(1964):電気的には存在するが、姿が見えない幽霊列車があらゆる鉄道路線を疾走する
マインド・ウインド(1973):田舎町で人々を巻き込むレミング現象と、日常的なしがらみに悩む主人公
城(1965):何の不自由もない、万能の城に住む少年(ショートショート)
カルブ爆撃隊(1974):親しくもない係長に連れ出された主人公は、いつの間にか爆撃隊員とされている
首狩り(1971):意図せずデモに参加して会社を辞めさせられた男は、首だけを狩る秘密組織の一員となる
虹の彼女(1970):職を転々とする主人公が出会う、薄明りの中の彼女とは
霧の中の人々(1976):見知らぬ山へと登った男は、霧に包まれた巨大な建物へと迷い込む
メシメリ街道(1973):主人公の行く手を阻む、決して横断することができない自動車道路
開放時間(1966):21世紀とともに時間旅行が自由になり、時間から解放された世界
闇に星々(1965):公認作家を目指す主人公の前に現れた超能力者の彼女
Tと失踪者たち(1972):人々が次々と消失し、社会の機能が失われていく世界
φ(1980):人口が自殺により減少する未来、あらゆる人の性質を併せ持つ存在φ(ファイ)の語ることとは
森の人々(不明):森の中を、見知らぬ獣を探して彷徨う男(ショートショート)
殺人者の空(1974):学生運動のトラブルでKを殺害した主人公は、Kが存在しない学生であることを知る
内宇宙の銀河(1980):体を丸め、内面へと退行していく病が蔓延する。その体内に見えるのは渦巻
ザ・クライム(The Crime)(1975):無理な日程で、春山を登頂しようとした主人公が迷い込む迷宮
「X電車で行こう」は、監督りんたろう、音楽山下洋輔でOVA(1987)となったこともある。著者のSFデビュー作であると同時に、多数のアンソロジイに収録される代表短編となった。この後、SFアイデアを意識した「開放時間」などを経て、「鳥はいまどこを飛ぶか」「Tと失踪者たち」「メシメリ街道」というSFと抽象との(論理的意味付けに重点がある)中間的な作品が書かれ、やがて、「カルブ爆撃隊」「殺人者の空」「ザ・クライム」といった著者独特の幻想作品へと昇華して行く。「内宇宙の銀河」などは、20年後に出る石黒達昌を思わせる先駆的内容だ。短期と言っても15年の幅がある。SFに対する強い指向性を持ち、アイデアが捨てがたい初期作と、抽象化を進め一歩引いた後期作では、受ける印象もずいぶん異なる。前者では、著者の鉄道趣味が出た「赤い貨物列車」「X電車で行こう」が、後者では「殺人者の空」「内宇宙の銀河」が優れている。もう一つの趣味である登山がテーマの「霧の中…」「ザ・クライム」も悪くない。
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