2013/4/7

大森望編『星雲賞短編SF傑作選 てのひらの宇宙』(東京創元社)


Cover Illusration:岩郷重力、Cover Layout:WONDER WORKZ。

 年代別日本SFアンソロジイには、日下三蔵の『日本SF全集』(2009、2010)、今年になってからスタートした日本SF作家クラブ編『日本SF短編50』などが既にある。その中で、大森望編の本書は、初の星雲賞アンソロジイになる。星雲賞は今年2013年で44回を迎える、少なくともSF界最長の歴史ある賞だが、これまで書籍にまとめられたことがなかった。例によって制約条件があり、1作家1作品、70枚以内(中編は含めない)、21世紀以降は含めない(比較的容易に入手できる)、1冊の書籍にまとまる範囲とする、という原則のもとに選ばれたものだ。

筒井康隆「フル・ネルソン」(第1回1970):次々と自由に連鎖していく、セリフだけで作られた小説
荒巻義雄「白壁の文字は夕陽に映える」(第3回1973):知能を次第に失いながら病院の壁に文字を刻む患者
小松左京「ヴォミーサ」(第7回1976):激しい落雷の後、突然現れた巨人が殺人事件を犯すが
神林長平「言葉使い師」(第14回1983):言葉を話すことが違法の未来、主人公は作家と称する男と出会う
谷甲州「火星鉄道一九」(第18回1987):火星オリンポス山に敷かれた、長大な起動打ち上げ用レールロード
中井紀夫「山の上の交響楽」(第19回1988):終わるまで数千年という、永遠の交響楽を演奏する人々
梶尾真治「恐竜ラウレンティスの幻視」(第23回1992):絶滅前の恐竜たちに、もし知性が与えられていたら
菅浩江「そばかすのフィギュア」(第24回1993):高度な疑似知能を持つフィギュアを得た主人公の心情
大槻ケンヂ 「くるぐる使い」(第25回1994):予知能力を持つ少女のくるぐるを使って、旅回りをする男
草上仁「ダイエットの方程式」(第28回1997):痩せるか死ぬか、二者択一を迫られた主人公の顛末
大原まり子「インデペンデンス・デイ・イン・オオサカ」(第29回1998):大阪弁を取得した下品な異星人

 星雲賞はSF大会の参加者/登録者のみが投票できる賞だ。賞の運営は各大会の事務局が行う。したがって、大会によって票の総数がばらつくし、またその年代によって微妙にルールも変わってきた。例えば、本書の解説で「票数は発表されない」とあるが、評者が運営をした大会では公表している(参加者3000人に対し、有効投票者数560人余、大会によってはもっと少ない)。もっとも著しく変化したのは賞に対する評価だ。70年代には、作家や出版社では全く話題にならず無視されていたが、定着した80年代以降には一定の権威を持つようになった。
 本書に収められた作品は、そういう意味では、一般的なベストSFとは若干毛色が変わっている。実験的な「フル・ネルソン」や理屈っぽい「言葉使い師」、おふざけ好きのファンが好む「ヴォミーサ」、「ダイエットの方程式」、「インデペンデンス…」、マニア心理を活写した「そばかすのフィギュア」あたりは、星雲賞以外ではおそらく理解されない作品だろう。中では「山の上の交響楽」がもっとも普遍的で、最近の『本にだって雄と雌があります』とよく似た雰囲気を持つ優れたファンタジイだ。

 

2013/4/14

東雅夫編『怪獣文藝』(メディアファクトリー)


装幀:坂野公一(welle design) カバーイラスト:開田裕治

 東雅夫には『怪獣文学大全』『恐竜文学大全』(1998)などの編著があり、同年に出たぶんか社のムック「ホラーウェイヴ01」(雑誌形式で2号のみ刊行)でも怪獣がテーマになっていた。中身はともかく、売れ行きは芳しくなかったようで、(そのダメージが大きかったのか)本書は15年ぶりの怪獣アンソロジイとなる。

黒史郎「怪獣地獄」:(カラー口絵)地獄に落ちた亡者たちが辿る恐るべき変貌
松村進吉「さなぎのゆめ」:(カラー口絵)少女が予言する、人々が蛾に変態する夢
菊地秀行「怪獣都市」:人気の衰えた往年の女優が訪れた、地方の都市で見たものとは
牧野修「穢い國から」:灰が積もる街で、人生を転落した男が見る悪夢の真相
佐野史郎「ナミ」:山陰の地方局でレポータをする主人公が出会う、ナミと称する女の正体
佐野史郎・赤坂憲雄「大怪獣対談 Part.1」:「ゴジラ」など怪獣映画と民俗学の関係を語る
黒木あるじ「みちのく怪獣探訪録」:東北出身の怪獣映画関係者に対する論考
山田正紀「松井清衛門、推参つかまつる」:代官所の使命を受け、伊豆で生ける死者たちと戦う二人の男
雀野日名子「中古獣カラゴラン」:地方都市が町おこしで作ったフィギュアはプレミアを付けるが
小島水青「火戸町上空の決戦」:引き籠りの従兄が描き続ける奇怪な天気図の目的
吉村萬壱「別の存在」:不定形の巨大な怪物が人々を食い荒らしている、その知らせを聞いた夫婦の行動
夢枕獏・樋口真嗣「大怪獣対談 Part.2」:子供時代に見た原初の怪獣映画の印象と、今への影響を語る
東雅夫「怪獣文藝縁起」:本書の由来にも言及した詳細なあとがき

 怪獣アンソロジイと言っても、収録作品はホラーに分類できる。実際、日本の怪獣ものは、怪談や神話世界をルーツに持つものが(ゴジラを筆頭に)大半を占め、本書のテイストも怪獣を素材にした怪奇譚といえるだろう。実際のところ、往年の特撮怪獣映画をそのまま小説にしても、何らかのオリジナリティを(いまさら)出すことは難しい。中では、牧野修の閉塞感、山田正紀のゾンビ譚、小島水青の登場人物、吉村萬壱のバイオレンスが、各作家の個性を感じさせて楽しめる。
 また、本書の体裁は、昭和30年代の怪獣図鑑/画報を模している。ページごとに文字の色が違う等、正確に似せられている。当時の印刷はもっとチープで、ページの途中から文字の色が変わる(前のインクが混ざったまま印刷された)など、その怪しさがまた妖しさともなっていた。

 

2013/4/21

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)


装画:モーリス・ルイス "Pillar of Fire",DU#431,1961、装丁:大久保明子

 村上春樹の新作であり、4月12日発売忽ち100万部を売り上げ、ネットから大新聞まで多数の評価を既に受けた作品である。書評の中には、物語の曖昧さに新たな解釈を加えたものや、その曖昧さに懐疑的なものもある。とはいえ、著者の言葉から分かるように、そもそも「ジェットコースター的な物語と違うもの」なので、極めて静的な物語であることは予想されたことだ。

 高校時代、主人公は5人組の親密なグループに属していた。彼らは何をするにも一緒で、お互い特別な関係にあることを認識していた。しかし、東京の大学に進学した彼は、ある日突然彼らから絶縁を言い渡される。それをきっかけとした苦悩の末、彼は容貌すら変わり、別の人生を歩み始める。しかし16年後、新たな恋人からの忠告を受けて、過去の真相を探るため、その一人一人と再会しようと決意する。

 「色彩を持たない」のは、4人が4色の色(赤松=アカ、青海=アオ、黒楚=クロ、白根=シロ)の名前を持っていて、主人公だけが色がないから。「多崎つくる」がその名前だ。「巡礼の年」は彼の真相究明の旅と、5人組の1人がいつも弾いていたリストのピアノ曲を意味する。本書は、まさに村上春樹的な小説なのである。主人公はきわめて受動的で、自ら行動を起こさない。出会う人々の話をそのまま受け入れていく。結局真相は明らかにされないままだが、村上春樹の小説では珍しくないオープンエンドのスタイルだろう。世界中で蔓延する、イメージ通りの村上スタイルの小説を、著者自身がわざわざ書いたようにも思える。逆に言えば、過去の村上春樹を超えるものは一切感じられない。かつて頻繁に見られた(ラヴクラフトやスティーヴン・キングらが、好んで描き続けた)“究極の悪しき存在”は、本書の場合遠く見えないところまで後退しており、日常の澱に沈み込んでいるようだ。

 

2013/4/28

フィリップ・K・ディック『空間亀裂』(東京創元社)
The Crack in Space,1966(佐藤龍雄訳)

Cover Illusration:岩郷重力、Cover Layout:WONDER WORKZ。

 日本では、ディックの作品は“全て”翻訳されることになっている(らしい)。傑作だろうが凡作だろうが、仔細を問わずに出版される理由は、その間の差異が実に微妙であるからだ。どちらも、ディックならではの設定と、典型的な登場人物を含んでいる。著者自身、生活費目当てに濫作したせいもある(原稿料が安かった)が、お話のチープさと、アイデアを詰め込みすぎて不完全燃焼に至る展開などは共通する。1966年に出版された長編は3作あって、本作の他は『去年を待ちながら』と『テレポートされざる者』だ。その前年には『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を含む2作、翌年には『逆まわりの世界』を含む3作、2年後に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』、3年後に『ユービック』を書いている。こういう傑作と呼ばれるものと、本書のような量産タイプとが混在している。ディックがこれらを、意図的に書き分けたようには見えない。

 2080年、アメリカでは初の黒人大統領が誕生しようとしている。その時代、白人と有色人種との比率は逆転し、アメリカは有色人種の国になりつつあった。世界では人口爆発が起こり、秩序を守るため、有色人の多くは冷凍睡眠に就いている。しかし、超高速移動機に偶然生じた空間亀裂を抜けると、まだ手が付けられていない別世界が広がっていることが分かる。

 軌道に浮かぶ娼館衛星と頭が一つで体が二つという衛星のオーナー、臓器を違法移植した疑いを持たれた医師、黒人大統領候補と意見を違える選挙参謀、新たな儲けを企む移動機メーカの社長、出産は悪で希望は冷凍睡眠にしかない、そして空間の向こうに住む異形のものたち。物語は激しく変転し、1つのアイデア/さまざまな登場人物たちは、深まることなく次々と取り換えられていく。もともと、量産エンタメを目指したエース・ブックスから出たものだ。手軽な読み捨て本なのだから、分厚い本にはならないし、展開が遅いものは嫌われる。けれども、熱心な読者にとっては、そのお手軽さにこそディックの本質があると分かっているのだ。