2016/11/6

山田正紀『カムパネルラ』(東京創元社)

山田正紀『カムパネルラ』(東京創元社)

Cover Illusration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+R.F

 本書はもともと〈ミステリーズ!〉2013年APRILから連載が始まった『スワンブック』を基にしており、2014年夏に同題で《創元日本SF叢書》での刊行がアナウンスされていた。今回全面的に改稿され、2年ぶりの刊行となったものだ。最初は『ファイナル・オペラ』でも登場する、黙忌一郎ものとなる予定だった。

 主人公は16歳の高校生、亡くなった母の遺骨を、遺言どおり岩手県花巻の川に散骨しようとしている。ところが、宮沢賢治ゆかりの地に足を踏み入れたとたん、昭和8年の9月、賢治が病死する直前の時代に転位する。しかも、そこでフィクションであるはずの『銀河鉄道の夜』の世界に囚われてしまうのだ。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は生前は発表されず。死の翌年に高村光太郎らによって編纂公刊された。しかし、もともと未完の上、1次から4次までいくつかのバージョンがあったため、決定版が1974年筑摩書房(ちくま文庫版全集には全てのバージョンが含まれる)から出るまで、3次と4次の内容が一部入り混じったものが一般的だった。本書はその差異をうまく利用した、SFミステリである。特に説教色が強かった3次版には、マッドサイエンティスト・ブルカニロ博士が登場する。ある意味、SFと見なせる部分もあるわけだ。

 カンパネルラは事故で死ぬのだが、それは故意ではなかったか、というミステリ銀河鉄道殺人事件(という題名のミステリは既存)、夢をコントロールするブルカニロ博士が象徴するVR+検閲管理社会の怖さがベースのSF、加えて自由なトリックスター「風野(の)又三郎」まで登場するなど、さまざまな趣向が楽しめるオール宮沢賢治な一冊だ。

 

2016/11/13

大森望編『Visions ヴィジョンズ』(講談社)

大森望編『Visions ヴィジョンズ』(講談社)

装丁:川名潤 prigraphics

 大森望編のオリジナル・アンソロジイだが、経緯は少し変わっていて、もともと2012年に講談社のマンガ雑誌イブニング向けに、マンガとのコラボとして企画されたもの。残念ながら、コラボされたのは2014年の飛浩隆「海の指」/木城ゆきと「霧界」のみで終わり、それと残った5作を単行本化したものが本書である(危うくお蔵入りになりそうになったのは、『危険なヴィジョン』に倣った表題に問題がありそう)。「海の指」は2015年の星雲賞国内短編部門を受賞した。詳細は編集後記に詳しい。

・宮部みゆき「星に願いを」: 妹が話す異様な出来事を聞く姉の思い
・ 飛浩隆「海の指」: 灰汁に閉ざされた島に大規模な災害が発生する
・ 木城ゆきと「霧界」(マンガ): 飛浩隆と同一設定で描かれるボーイミーツガール
・ 宮内悠介「アニマとエーファ」: 物語をつむぐロボットがたどる数奇な運命
・ 円城塔「リアルタイムラジオ」: 名前だけで成り立つシミュレーション空間
・ 神林長平「あなたがわからない」: 共感能力のない主人公と死んだ恋人との会話
・ 長谷敏司「震える犬」: アフリカで行なわれるAR強化チンプによる実験

 もともとマンガとの相性を意図しないで良いということが条件だったため、小説/マンガ単独で読めない作品はない。中では、何もかも溶かし込む灰汁の海のただ中に生き残る島の日常と、打ち寄せる異界の波を描いた「海の指」が奇想性を際立たせていて印象深い。また、単機能のはずのロボットが一人称で語るという「アニマとエーファ」、名前しかない存在が生きている「リアルタイムラジオ」、人間の問題を扱いながら究極に抽象化された「あなたがわからない」など挑戦的な作品が多い。後者2作などは、どうマンガに表現されるのか見てみたかった。冒頭の「星に願いを」と巻末の「震える犬」は情感に訴えるが、ある意味人の本質を探る物語だろう。

 

2016/11/20

芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド01』(早川書房)芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド02』(早川書房) 芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド03』(早川書房)

芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド全3巻』(早川書房)

扉イラスト:toi8、扉デザイン:伸童舎

 「刀剣乱舞」「ガンパレード・マーチ」などのゲームデザイナー、アニメ/マンガ原作者、小説家など多彩な才能を持つ著者の最新SF三部作。2015年11月に第1部が、2016年4月に第2部、9月に第3部が出て完結した。ハヤカワ文庫JAではこれ以外にも3冊の著作があるが、本書は著者の経歴に関係する代表作となっている。

【第1部】まずセルフ・クラフト内のゲーム空間で物語は始まる。主人公はゲーム内で独自進化を遂げる生物の観察をしている。付き従うゲーム内キャラクタは、熊本弁を喋る従者だ。そこに謎の集団が現れ、生物の情報を盗み取ろうと暗躍する。

【第2部】セルフ・クラフトが生み出す生命は、リアル世界の日本が独占する重要な戦略資源となっている。その利権を巡って、日本と世界は暗闘を演じていた。駆け引きに明け暮れる首相は、老人となったかつての友たちの動向を知る。

【第3部】対立は誤解の果てに核戦争に発展、日本の大半は壊滅する。その中で、一人の情報技術者は生き残ったネット環境を探す。一方、セルフ・クラフト世界では、広大な地域が突然消滅するという謎の現象に襲われていた。

 舞台は凡そ40年後の未来、首相をはじめ主な主人公は老人(といっても、現在20代後半の世代)。ゲーム世界の中で、若さを蘇らせることができる。他にも熊本弁を喋ったり主人に甘えるAIとか、知性を持つドラゴン、緑色の半妖など、RPGを思わせるものが多く登場する。著者の別の作品とのリンクも多いが、これは分からなくとも物語に影響はないだろう。

 端的に書くと、多人数参加型のオンラインゲームMMORPGのゲーム内世界を描いた作品である。典型的な異世界ものだが、そのファンタジイ世界とリアルな現実世界が関係しあい、最後にはリアル世界を「凌駕」するところまでが描かれている。こういう逆転が、ゲームを主な仕事としてきた著者らしい。第3部のあとがきで、イーガン『順列都市』と比較しながら、自作で工夫した最新の知見について述べるなどしている。また、SF大会でいつまでも稚気が抜けない還暦世代の元気さを見て、本書の老人の活躍を書いたとあり、思わず笑ってしまう。

 

2016/11/27

山田宗樹『代体』(角川書店)

山田宗樹『代体』(角川書店)

装丁:國枝達也、写真:Henrik5000/E+/Getty Images

 5月に出た本。山田宗樹が、2014年の同題短篇を基に書き下ろした新作長編である。前作『百年法』(2012)でも寿命が制限された近未来社会を描き注目されたが、今回は人間の意識の問題をイーガン流に考察した作品となっている。

「代体」とは人間の脳活動そのものをヒューマノイド型アンドロイドに移し、人体の代わりとする技術である。その性格上、重病や怪我などの治療時に使用する以外は、法的に厳しく制限されていた。あるとき、代体利用者の殺人事件が発生、調査を開始した内務省特殊案件処理チームは、背後に潜む意外な存在を知ることとなる。

 代体の本体を製造するメーカの現場営業マン、内務省の処理官(代体などを担当する警察)、現場の警官、その被験者や、代体の意識転送に関わるナノロボットの関係者、さらには転送技術の発明者など、多くの登場人物が出てくる。近未来では、代体技術によりコピーされた人格も人間と認められている。その代わりコピーは必ず元に戻され、肉体が死んだ場合、代体での生存延長は許されない。人格はコピー・アット・ワンスであり、原版がなくなれば使用権も失われるというわけだ。

 物語ではこの後、発明者の家族に関わる秘密から思わぬ世界的危機へとエスカレーションする。イーガンの考えた、コピーされた意識はどこまで人間の意識といえるかの問題は、奥泉光や芝村裕吏を含め、一般向けの小説でさまざまに書かれるようになった。本書などは、どこまで拡散しても、人の意識は人間から離れられないという立場だ。