ジェイムズ・L・キャンビアス『ラグランジュ・ミッション』(早川書房)
Corsair,2015(中原尚哉訳)
カバーイラスト:Rey.Hori、カバーデザイン:早川書房デザイン室
キャンビアスは、本書が単行本初紹介となる(短篇ではSFマガジン2016年2月号の「契約義務」がある)。2000年にデビュー、以降20編近くの短篇を上梓したが、初長編は2014年と遅かった。しかし、ローカス賞の第1長編賞第2席に選ばれるなど、高い評価を得ている。本書は、それに続く2015年に出たばかりの第2長編だ。
2030年、月で採取されたヘリウム3を運搬する無人輸送船に海賊衛星が接近、コントロールを奪取し目的外の海域に降下させてしまう。ヘリウム3は核融合炉の燃料になる。闇ルートを経てロンダリングすれば、少量であっても莫大な利益をもたらすのだ。一攫千金をめざす海賊に対し、アメリカ軌道軍も防衛戦を挑む。それは物理的な戦闘ではなく、ハッキング技術を駆使した情報戦なのだった。
ネットでのクラッキングにハッキング、民間衛星の打ち上げなど、今ある技術の延長線上に書かれた「近未来テクノ・スリラー」である。また、解説で小飼弾が述べているとおり、軌道上でのIT戦争から『オービタル・クラウド』を連想する内容となっている。月面基地に人はいるが、宇宙空間の経済活動では無人機しか飛ばない。その制御を奪い合うクラッキング合戦こそ、宇宙戦争の本質なのだ。
傲慢で、人に興味を示さないコンピュータ技術の天才は、自らを宇宙海賊ブラックと名乗り、軌道軍の妨害を出し抜いて衛星の積み荷を盗み出す。その背後では、得体のしれない組織が不気味な動きを見せる。一方、軌道軍で防衛任務に就いていた大尉は、窮屈な軍隊の制約を嫌って、独自に行動を起こす。
物語は、そういう紋切型キャラで始まるが、しだいに剣呑で予想外の展開へと繋がっていく。主人公は、一時期知り合いだった大尉とハッカーの2人。彼らは敵味方に分かれ、お互いの弱みも見せながら物語をドライブしていくのだ。
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