2016/9/4

西條奈加『刑罰0号』(徳間書店)

西條奈加『刑罰0号』(徳間書店)

Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。、Photo/Corbis Documentary/Getty Images

 著者は2005年に日本ファンタジーノベル大賞を受賞、時代小説を得意として2015年には吉川英治文学新人賞を受賞している。本作は休刊した「SF Japan」の2008年SPRINGに最初の短編が載り、その後2014年10月に同社の文芸誌「読楽」で復活、以降3カ月おき6回に渡って書き継がれたSF連作である。独立した短編だが、登場人物や設定が共通しており、1つの物語になっている。

 近未来の日本、犯罪を裁く極刑は死刑だが、それでは受刑者に被害者の苦しみを伝えることができない。そこで、被害者の記憶を抽出し受刑者に再体験させる実験「0号」が行われる。しかし、人体実験は失敗し、被験者の精神を破壊するだけで終わってしまう。生き残った0号は、別の人生を歩み出すが。

 少年犯罪者や被害者の家族、友人、老いた被爆者、計画の発案者となる科学者、実験成果を利用しようと暗躍する人々などが登場する。0号計画の結果、一人の精神の中に、複数の死者の人生を収めることが可能になる。いったんは違法化されたこの技術は、さまざまなケースで再現される。さらに犯罪捜査やテロ行為への思惑が、大きな事件を引き起こす。

 日本は犯罪者、特に殺人犯に対しては因果応報であるべしという世論が強く、死刑を廃する機運はあまりない(世界的には少数派になる)。本書はそういった世相に対する1つの問いかけにもなっている。ミステリ仕立てになっているエピソードや、大きく被爆問題を取り上げたものなど、切り口は様々だ。

 

2016/9/11

椎名誠『ケレスの龍』(角川書店)

椎名誠『ケレスの龍』(角川書店)

表紙イラスト:野又穫、装丁:國枝達也

 「小説野生時代」に2014年1月から16年4月まで不定期連載された、著者によるポスト・アポカリプス世界を描くSF(著者は「超常小説」と呼ぶ)長編である。2014年の『埠頭三角暗闇市場』よりも、2006年の『砲艦銀鼠号』に近い未来設定となっている。

 北と南に分かれ戦われた素粒子戦争後の世界。世界は異様な生き物と、盗賊が跋扈する無法地帯に近い。元兵士だった主人公たちは、誘拐事件をきっかけに、逃走するアンドロイドの犯人たちを追って、宇宙空間へと足を延ばす。目的地は小惑星ケレスだ。

 主人公の一人「灰汁」は『砲艦銀鼠号』でも登場する(全く同一人物であるかどうかは分からない)。得体のしれない素粒子戦争後の世界、軌道上には墜落寸前の巨大な燐光低空衛星があり、ハバタキプレーンが飛行し、機械蜘蛛が断崖を登攀する。以前から指摘されている通り、椎名誠の描く世界は、小道具からしてハードSFというより、スチームパンク的な幻想小説に近いといえる。それらをベースに、盗人どもが賞金稼ぎを目指して活動するのだ。

 既存の椎名誠の超常小説に比べると、本書の世界は頽廃感が少ないかもしれない。その理由は、戦後の混乱期ではあるものの、宇宙に行く手段やさまざまな工業技術が、まだ生きている形で描かれるからである。本書の表題「ケレスの龍」の正体も、半ばを過ぎた辺りで明らかにされる。

 

2016/9/18

宮内悠介『スペース金融道』(河出書房新社)

宮内悠介『スペース金融道』(河出書房新社)

装幀:川名潤 prigraphics

 主にオリジナル・アンソロジイ《NOVA》に掲載された連作短編に加えて、新たに1作を書き下ろした宇宙の高利貸しを描く最新作品集である。

 スペース金融道(2011):巧妙に借金の取り立てを逃れるアンドロイドの、三原則に関わる手口とは
 スペース地獄篇(2012):返済が滞った人工生命から取りたてるため、主人公が派遣されたのは
 スペース蜃気楼(2013):軌道にある秘密カジノ船に乗り込んだ主人公たちが行った賭けの顛末
 スペース珊瑚礁(2014):ある日主人公は体の異変に気がつく。知らないうちに意識を失うのだ
 スペース決算期(書下し):とある事情から極右政党の党主となった主人公に降りかかる難事。

 『ナニワ金融道』のようなお話かというと、基本はそうなのだが、ちょっとニュアンスは異なる。マンガのどろどろした人間関係の代わりに、本書では、SFの設定や現代的小道具(人工生命、ナノマシン、アンドロイド)が描かれているのだ。舞台は、地球から17光年離れた植民星「二番街」。差別のため融資を受けられないアンドロイドなど、人外の知性に金を貸し付け、取り立てを行うのが、新星金融に勤める主人公の仕事だ。金融工学崩れの上司、アンドロイドの公民権運動家や、借金から逃げ回るアンドロイドたちが登場する。

 ロボット三原則をもじったアンドロイド三原則は、アンドロイドが人間を凌駕しないための差別的法律で、これがあることで一応の共存が図れている。アシモフの三原則も、真剣にロボットを縛るというより、小説のための方便という一面がある。そもそもこういう社会での「借金」とは何を意味するのか、分かったようで分からない。書下ろし作品で顕著なように、二番街はデフォルメされた現代だ。流行りのテクノロジー用語を重ね合わせ、矛盾から生まれるスラップスティックを楽しむ、それが本書のポイントだろう。

 

2016/9/25

クレア・ノース『ハリー・オーガスト、15回目の人生』(角川書店)

クレア・ノース『ハリー・オーガスト、15回目の人生』(角川書店)
The First Fifteen Lives of Harry August,2014(雨海弘美訳)


カバーイラスト:高橋将貴、カバーデザイン:國枝達也

 クレア・ノースは1986年英国生まれの作家。16歳でキャサリン・ウェブ(本名)名義『ミラー・ドリームス』を出版してデビュー(ファンタジイ作品、邦訳もある)、以後ヤングアダルトや、ケイト・グリフィン名義のファンタジイを20冊近く出してきた。本書はその中でも、最も高評価を受けた作品である。2015年J・W・キャンベル記念賞を受賞、A・C・クラーク賞最終候補ともなっている。

 ハリー・オーガストは1919年に英国の田舎に生まれ、大戦前後の混乱期を生きて、21世紀を迎える前には死ぬ、おおよそは。しかし、オーガストの生涯は1度だけではないのだ。記憶を保持したまま何度も同じ生涯を生き直し、記憶を利用することで人生を変えることができた。だがある日、彼は自分が生きる未来が滅亡の危機に曝されていることを知る。

 ケン・グリムウッド『リプレイ』でおなじみの、ループする個人の人生に焦点を当てた小説は、日本でもアニメ等で多くの派生作品を生み出してきた。本書のユニークなところは、人生が丸ごと繰り返され、その目的が明確にされていること、同じ能力を持つ限られた人々(カーラチャクラ)が、社会の陰に隠れ歴史に干渉しないよう活動を続けていること(私設タイムパトロール)。史実が大きく変貌すると、彼らの記憶に価値がなくなるからだ。ここに、意図的に未来を変貌させようとする敵が現れる

 半ば以降は、未来を守ろうとする駆け引きがメインの物語となるが、はじめは謀略がらみだった主人公オーガストと敵役との間に、不思議な友情関係が生まれていく経過が面白い。