グレッグ・イーガン『アロウズ・オブ・タイム』(早川書房)
The Arrows of Time,2013(山岸真・中村融訳)
カバーイラスト:Rey.Hori、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)
《直交3部作》待望の完結編である。3年越しで出た原作に対し、第1部(2015年12月)から、第2部(2016年8月)、本書(2017年2月)と、ほぼ公約通りの日程で翻訳が出たのは素晴らしい。
エネルギー問題を解決し、母星の危機回避の目途が得られた〈孤絶〉だが、6世代を経た乗員たちからはリスクを伴う母星への帰還を歓迎しない一派も現れた。さらには、未来からの通信を矛盾なく受け取れる方法が考案されると、自分たちの意志決定自体が疑われるジレンマが、乗員間の不和を生み出す。
この3部作では、第1部の(主には)相対性理論、第2部の量子力学と、我々の宇宙と違っているといっても、現存する物理学(と書くと異論がある人もいるでしょうが)を読みかえることで理解できる概念を描いてきた。この巻では時間遡行が描かれている。確かに物理的には時間の矢(アロウズ・オブ・タイム)はどちらに飛んでも問題ない。しかし、逆の事象(矢が射手に帰ってくる)が起こる確率は非常に小さい。本書の直交宇宙では、時間の矢は両方向に流れ、場所によっては流れ方が逆転する。因果関係が逆転する光景は、とても奇妙に見える。それが、ファンタジイではないところが凄い(結末付近には、実現可能な宇宙の形まで書かれている)。また、未来の自分からのメッセージを受けとれる、決定論的な宇宙(あらかじめ自分の運命は決定済みで、自由意志などない)の打開策についても書かれているのが面白い。この3部作は思考実験そのもの(現実には存在しない物理の創造)といって良いのだが、特に最終巻はメビウスの輪のような思考の流れにめまいが起こる。
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