神林長平の最新長編である。雑誌「メフィスト2016VOL.1」から「VOL.3」に掲載されたものを加筆訂正したもの。表題通りに、3つの燭台が順番に登場する3編のエピソードから成る。人工人格家電、非実在キャラクター、対人支援ロボットと、最新用語に準拠しているようでちょっと違う、独特のタームを駆使した神林流迷宮小説である。
知能家電管理士である主人公は、トースターに内蔵された人格が死んでいることに気が付く。この時代ではすべての家電に知能がある。もしかすると自殺かも知れないと疑った彼は、知人の引きこもり中年に相談を持ち掛ける。そこで第1の燭台が出現する。裁判員裁判である事件を担当した動物病院の院長は、友人の中年男にその奇妙さを説明する。何しろ非実在の人物を殺したというのだ。そこに第2の燭台が現れる。中年男は生活を老いた両親に依存していたが、ある日突然、お前は新興宗教の教祖になれと命じられる。拒否すれば追い出すと脅され、渋々向かった古びた神社の建物には、第3の燭台が隠されていた。
フォマルハウトの燭台とは、今から千年前に作られたある種の呪物で、3つともに蝋燭を灯すと「世界の真の有様」が分かるのだという。舞台は、近未来の長野県松本市のどこか。本好きで引きこもりの中年男が主人公で、その周りで謎の燭台を巡って事件が起こる。無関係なようで、この3つのお話は最後に1つになる(といっても、神林流の謎めいた終わり方だが)。知能家電管理士とは、知能を持った家電同士の諍いを調停する仕事だ。対人支援ロボットは自らを「言うなれば超人」と称する(そんなマンガがあった)、ある種のパロディ的な存在だ。表紙に描かれている角の生えた饒舌なウサギも登場する。登場人物や設定、会話を含めて、壮大な冗談が書かれているようだ。
本書はシンギュラリティとか人工知能といった流行の話題を、実在と非実在、現実と非現実など神林的テーマで語り直した多重性のある作品とみなせるだろう。帯に書かれた「想像力を、侮るな」は、皮相な人工知能論議に対する著者の返歌なのかもしれない。本書は表紙だけでなく、小口(本文の印刷された部分の腹側)にまでイラストが描かれている。裏表紙側から見ると燭台が、表紙側から見ると角の生えたウサギが見える。1つのイラストに2重の絵が封印されているということなのだ。