2019/11/3

小川一水《天冥の標》全10巻17冊(早川書房) 小川一水《天冥の標》全10巻17冊(早川書房)

小川一水《天冥の標》全10巻17冊(早川書房)

Cover Illusration:富安健一郎、Cover Desigh:岩郷重力+Y.S

 今年2月に10年越しで完結した《天冥の標》をようやく読んだ。以下のあらすじでは(いまさらながら)、後半明らかになるネタも含まれるのでご注意を(より詳しいあらすじは、SFマガジン2019年6月号の特集記事にもあり)。

1.メニー・メニー・シープ 上下(2009/9)
 29世紀ごろ、植民星ハーブCを統率する臨時総督は、300年続いていた電力の供給を制限し、都市の住民や地方都市の反乱を誘発する。植民地は霧に遮られ、全体像を知るものは誰もいない。石工と呼ばれる昆虫状の生物、空気呼吸をせず体に蓄電することができる海の一統、伝説の怪物咀嚼者、総督が進める秘密の計画と、さまざまな謎が提示される。
2.救世群(2010/3)
 201X年、後に冥王斑と称される致死率95%のパンデミックに見舞われる地球社会。そこでは少数の回復者たちは、保菌者として厳しく差別され、隔離や追放の屈辱に苦しむ。やがて彼らは救世群と呼ばれる一つの勢力となる。
3.アウレーリア一統(2010/7)
 23世紀、木星大赤班で異星人の構築物ドロテア・ワットが発見される。60年後、小惑星帯で海賊狩りの任務につく大主教国の強襲砲艦艦長は、行方不明になった謎の構築物の行方を知る重大な手がかりを知るが、それを巡って海賊との壮絶な戦いに巻き込まれていく。
4.機械じかけの子息たち(2011/5)
 24世紀、小惑星帯に存在するハニカムは、恋人たち(ラバーズ)と呼ばれるセクサロイドが住む巨大な娼館惑星である。そこに救世群の一員がたどり着く。
5.羊と猿と百掬の銀河(2011/11)
 24世紀、小惑星パラス。地下農園を営む農夫は、反抗的な娘を育てながら作物価格の下落に苦しんでいた。彼らには隠された出自がある。一方、6000万年前にサンゴの海で生まれた分散的な知的生命ノルルスカインは、やがて宇宙に蔓延する恐るべき敵の存在を知る。その存在は太陽系にも迫りつつあった。
6.宿怨 Part1(2012/5) Part2(2012/8) Part3(2013/1)  
 25世紀末、広大な生物保護のための小惑星スカイシー3で、少女はスカウトの少年たちに助けられる。この二人ともが、主要勢力の代表者となる子どもだった。一方、ドロテア・ワットを巡る抗争が発生、落ち着いていた救世群や軍事力で秩序を保つロイズ、大主教国の関係に大きな揺らぎが生じ始める。
 26世紀初頭、ついに開戦。その背景には、人類と秘密裏に接触していた異星人カルミアンの存在があった。彼らの高度な技術で人体を改造、硬殻化した救世群の部隊は、長年の鬱憤を晴らすように報復戦争に打って出る。
 異星人の技術を備えた救世群の艦隊は、圧倒的な数を誇るロイズの太陽系艦隊を圧倒、ついに覇権を握るが、そこに思わぬ勢力が介入してくる。二転三転する戦況は人類を著しく疲弊させていった。
7.新世界ハーブC(2013/12)
 26世紀、蔓延する冥王斑原種により太陽系は壊滅する。頼みの恒星船もセレスに墜落大破、残された子どもたちは地中に設けられた巨大なシェルターに避難するが、もう助けを差し伸べるものは誰もいなかった。
8.ジャイアント・アーク Part1(2014/5 ) Part2(2014/12)
 29世紀、人口200万まで回復した地下世界メニー・メニー・シープは、動乱の時代を迎えようとしている。そこに救世群皇帝の姉が300年の眠りから目覚める。
 混乱の後、臨時総督から新政府が権力奪取するものの、世界は文字通り灯りを失い暗黒に沈む。やがて世界の正体も明らかになる。そこへ、咀嚼者の群れが襲いかかってくる。
9.ヒトであるヒトとないヒトと Part1(2015/12) Part2(2016/10)
 メニー・メニー・シープの秘密を解き明かすため、さまざまな出自の一行がセレスの地表を目指す。その過程で、彼ら以外の勢力からの偵察隊とも遭遇、人類とはヒトとは何かの疑問に行き当たる。
 メニー・メニー・シープでは新政府の軍隊は咀嚼者の掃討に乗り出す。一方救世群内部での離反者を糾合するため、皇姉がハニカム内部へと潜入する。
10.青葉よ、豊かなれ Part1(2018/12) Part2(2019/1) Part3(2019/2)
 29世紀、セレスの進路に現れたエネルギー生物の群れを、新たな太陽系艦隊=2PAが迎撃、その艦隊が生まれた経緯も明らかになる。
 冥王斑の正体が分かり、人類は宇宙に蔓延する蔦=オムニフロラの脅威を知る。また、蔦やカルミアンらの大集合体ミスン族とは別に、無数の宇宙生物たちの集団が明らかになる。2PAと救世群、新政府の連合軍はセレスの中に潜むドロテアへと攻め込む。
 オムニフロラに対抗するため、ミスン族は超新星爆発を引き起こそうとしている。爆発はそれ以外の星間種族にも被害が及ぶ。彼らはオムニフロラへの反撃方法を提案することで、説得を試みようとする。

 著者はこのシリーズを開始した時点で、全10巻の構想を予め定めていたという。最初に書かれた第1巻で、続刊に登場する主な人物/事物が、矛盾なく描かれている点を見ても、枠組みの構造は明瞭だったのだろう。細部を書いていく過程で冊数が増え、予定していた3年では収まらず10年に延びたのだ。

 現代(21世紀)や32世紀のエピソードも含むが、基本的に《天冥の標》の舞台は、登場人物たちの背景が明らかになっていく23-25世紀まで(1-5巻)と、物語が戦乱で大きく動く26世紀(6-7巻)、世界の再発見と異星人たちが大量に姿を見せて大戦争となる29世紀(8-10巻)に別れる。このように一連の物語になっているので、いわゆる未来史もの(ル・グインの《ハイニッシュ・ユニヴァース》、ヴァーリイの《八世界》など)の緩やかな作品の集合体とは違うのだ。一つのお話を10年間17冊で書くというのは、(量的比較ながら)プルースト並の小説といえる。

 ある意味、テーマはとても分かりやすい。冥王斑に絡めた障害や外観に対する差別と抵抗、異種族になぞらえた性愛の意味と本質、あるいは進化し続けることと不変さの対立、そこから生まれる全宇宙を巻き込んだ絶滅戦争である。最後のテーマは、これまでさまざまなSF(幻魔とかバーサーカーとか)が描いてきたが、本シリーズの立場はユニークだ。「宇宙における衝突の深刻さを常に希望的に捉えている」(第9巻の著者あとがき)からだ。対立がどれほど絶望的であっても、解決の希望は残ると考えるのである。すばらしくポジティブといえる(皮肉ではありません)。ところで、最終巻の副題にある「青葉よ、豊かなれ」の意味は、本文が終わった後に置かれている。これも著者らしい締め方だろう。


2019/11/10

東京創元社編集部『宙を数える』(東京創元社) 東京創元社編集部『時を歩く』(東京創元社)

東京創元社編集部編『宙を数える』(東京創元社)
東京創元社編集部編『時を歩く』(東京創元社)


カバーグラフィック:瀬戸羽方、カバーデザイン:岩郷重力+S.K

 東京創元社文庫創刊60周年記念で編まれたオリジナル・アンソロジイ。寄稿者は、今年で第10回(2010年開始)を迎えた創元SF短編賞の正賞、優秀賞、佳作の受賞者からの13名である(これは、第10回受賞者を除く全員らしい)。受賞者だけで固めるというスタイルは、年初に出た日本ファンタジーノベル大賞作家を集めた『万象』と同様だが、歴史ある賞だからこそできるものだ。

オキシタケヒコ(1973年生/第2回優秀賞)「平林君と魚の裔」銀河系相手に商売する宇宙船に運よく乗れた科学者が遭遇する騒動。宮西建礼(1989/第4回正賞)「もしもぼくらが生まれていたら」地球に衝突する小惑星が発見される。被害を最小化させるために、軌道変更のアイデアを思い付いた高校生たちの行動。酉島伝法(1970/第2回正賞)「黙唱」どことも知れぬ惑星、空を翔け、鳴梯を詠う異形の生き物たちの生態。宮澤伊織(-/第6回正賞)「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」マッドサイエンティストの同居人を紹介するネット中継は、しだいに宇宙の深みにはまり込んでいく。高山羽根子(1975/第1回佳作)「蜂蜜いりのハーブ茶」何らかの原因で爆発した太陽から脱出する船、主人公はその裏側の世界で生活している。理山貞二(1964/第3回正賞)「ディセロス」火星に技術支援のため向かった宇宙船は過激派による攻撃を受ける。一方、船内では不可解な殺人事件が発生する。

松崎有理(1972/第1回正賞)「未来への脱獄」刑務所で同室だった男は、未来から来た科学者だと自称する。空木春宵(1984/第2回佳作)「終景累ヶ辻」繰り返される怪談は、そのたびにどこかに変化が紛れ込む。八島游舷(-/第9回正賞)「時は矢のように」人類の終末が明らかになったとき、意識の加速化という驚くべき解決法が提示される。石川宗生(1984/第7回正賞)「ABC巡礼」著名作家の足跡をたどる旅に出た主人公は、同じ格好をした多くのファンたちと遭遇する。久永実木彦(-/第8回正賞)「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」主人公は過去に飛び簡単な任務をこなすだけの非正規労働者だったが、ある日、過去映像を違法にアップする人気動画投降者の正体を知る。高島雄哉(1977/第5回正賞)「ゴーストキャンディカテゴリー」表題は主人公がVR内で作った飴のような仮想通貨。物語はVR内と、6000年に一度のリアルとの並行で進む。門田充宏(1967/第5回正賞)「Too Short Notice」主人公が気が付くと、真っ白な部屋にいることが分かる。そこにはえたいの知れない数字が表示され、不規則に減っていくのだ。

 ほとんどの作品はお題である「宇宙」「時間」というSF王道テーマを自由な発想でひねっている。そういう意味では、素直に宇宙SF、時間SFと予断を持って読んではいけないのだろう。

 例えば「平林君と魚の裔」は宮内悠介『スペース金融道』の雰囲気で始まって、小川一水《天冥の標》のテーマ風で終わるというスケール感がある。「もしもぼくらが生まれていたら」では映画「アルマゲドン」(あるいは「君の名は」)風設定が二段オチ、三段オチを経て、テーマ自体を変容させる。「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」は標題そのままの奇想もの。一方「ディセロス」は本格宇宙ものに、ミステリ要素を絡ませる。「黙唱」や「蜂蜜いりのハーブ茶」は、著者の得意とするスタイルで、異星生物もの/世代宇宙船ものの新境地を打ち出した力作だ。

 一方の「時間」となると、意識の時間まで含めればいくらでも範囲を広げられる。物理学より文学、哲学的なテーマに近い。物理は時間がなくても成り立つが、意識は成り立たない。

 偶然なのか意図的なのか、『時を歩く』の作品間に奇妙な暗合がある。冒頭の「未来への脱獄」と巻末「Too Short Notice」は、どちらも謎の数字を解き明かすお話。「終景累ヶ辻」と「ゴーストキャンディカテゴリー」は累ヶ淵(日本四大怪談の一つ、呪いが何度も繰り返される)で共通する。「時は矢のように」はゼノンのパラドクスをテーマにするが、小川哲の「時の扉」とペアを成す発想だ。一見関係なさそうな「ABC巡礼」(同じ服装の観光客がどんどん増えていく)「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」(時間改変が恣意的/カジュアルになる)は、ともにシルヴァーバーグの皮肉な時間もの『時間線をのぼろう』を思わせる。

 13名の著者のうち、単行本/文庫の著作を出したものは8名(出世頭の宮内悠介は審査員による特別賞なので、正規受賞者には入っていない)、他の文学新人賞と比べても優秀な成績と思われる。受賞時20〜40代だった各受賞者も、今では円熟期に入った。その才能が、旧弊なテーマに新たなヴァリエーションを付け加えた傑作集といえる。


2019/11/17

山田正紀『戦争獣戦争』(東京創元社) 

山田正紀『戦争獣戦争』(東京創元社)

Cover Illustration:山本ゆり繪、Cover Desigh:岩郷重力+R.F

 山田正紀の1000枚に及ぶ書下ろし長編。

 1994年平壌、IAEAの女性査察官は北朝鮮の核施設で、チームのメンバーらしからぬ老婆から意外な問いかけを受ける。彼女には、生まれついてから睡蓮の花のような刺青があった。そういう刺青を持つ者たちには共通点がある。時空を超えてエントロピーを収奪する超生命、戦争獣を見ることができるらしい。

 異人(ホカヒビト)と呼ばれる人々がいる。大日本帝国統治下の島に住み、結晶林(マガタマカガミノモリ)で部族同士の抗争に明け暮れていた。しかし、1945年の戦争終結間際のある事件を経て、彼らに憑いた戦争獣たちが活性化する。戦争獣は甲虫のように、蝴蝶、蜥蜴、蠍のように見える。黄蓮華が象徴するものもある。そして、背後では、黄帝と蚩尤(しゆう)という二大勢力が激しく主導権争いをしているのだ。

 舞台は1950年広島での暴力団抗争と、朝鮮戦争の勃発、ソウル市内漢江(ハンガン)での鉄橋爆破、1968年ヴェトナムのソンミ村、1995年北朝鮮寧辺(ニョンピョン)核施設とめまぐるしく変転する。戦争獣のエントロピー吸収ポイントが、戦争のピークにあるからだ。

 お話の構造は複雑である。東アジアの戦後史・戦争史に絡み、登場人物たちもまた、その当事者として描かれている。戦争獣は時空を超えて移動できるようなのだが、タイムマシン的な人工物ではなく、ある意味超自然的な存在なのである。

 神話(中国、日本)世界と、戦争の世紀である20世紀が重なり合う。この辺りはいかにも山田正紀だろう。そこに現世(ウツシヨ)、狭間(マレヨ)、四次元高時空域、巨大情報構築体などの謎めいたタームが鏤められている。最後にはエントロピーの増大派と減少派、混沌と秩序が戦うというテーマが浮かび上がる。

 本作品は重厚でとても読み応えがある。ただし、背景にある黄帝と蚩尤の対立を情報エントロピー・IT的に説明する下りはちょっと苦しい。


2019/11/24

神林長平『先をゆくもの達』(早川書房) 

神林長平『先をゆくもの達』(早川書房)

Design & Illustration:岩郷重力+塩澤快浩

 8月に出た著者デビュー40周年記念長編。SFマガジン2018年2月号から1年間連載された作品に加筆したものである。11月には小説トリッパー連載の『レームダックの村』も出ており、年1〜2冊のペースは衰えていない。

 21世紀から挫折を繰り返した火星植民は4度目でようやく成功、その300年後から物語は始まる。地球は既に人口が激減し疲弊していた。火星は地球を捨てることで、緩やかな成長を遂げることができた。だが、そんな火星の規範を揺るがす事件が発生し、救援を求められた地球の〈知能機械〉はチームを派遣する。

 物語は全部で6話から成る。第1話では火星のドーム〈町〉のリーダーと祖母が重大な禁忌を破る。第2話は〈知能機械〉の指示を受け、火星に片道飛行する男の話。第3話では、子どものころ地球に送られてきた火星人が、自身の出自を知る。第4話はどちらも身体を変えた、タムと呼ばれるパートナー機械とチーム中ただ一人火星に残った主人との対話。第5話では火星派遣チームの子どもたちが火星化しつつある地球で真相を探り、第6話では第1話のリーダーと時間を超越して再生されたタムとが会話する。

 各エピソードでは、それぞれ特異な議論が行われる。火星社会の成り立ちや、野生機械の〈意識〉と〈身体〉の関係、火星人が何のために地球に来たかの謎、人間と機械の〈身体〉の意味、火星化していく地球、最終話では未来の記憶と意識の問題が登場する。

 数百年後の地球では人類は機械の介護で生きている。必要な物資はすべて自動工場が作ってくれるので、言いなりで生きていれば十分なのだ。火星にはそれに逆らう人々が移住していたが、地球側で一人の火星人を受け入れて以降、双方である種の汚染が拡がっていく。その上で、身体と意識や未来と過去の記憶の問題が論じられるのが、神林流で面白い。汚染の拡大(否定的には描かれない)が、時間をも解体したと解釈できる。