東京創元社編集部編『宙を数える』(東京創元社)
東京創元社編集部編『時を歩く』(東京創元社)
カバーグラフィック:瀬戸羽方、カバーデザイン:岩郷重力+S.K
東京創元社文庫創刊60周年記念で編まれたオリジナル・アンソロジイ。寄稿者は、今年で第10回(2010年開始)を迎えた創元SF短編賞の正賞、優秀賞、佳作の受賞者からの13名である(これは、第10回受賞者を除く全員らしい)。受賞者だけで固めるというスタイルは、年初に出た日本ファンタジーノベル大賞作家を集めた『万象』と同様だが、歴史ある賞だからこそできるものだ。
オキシタケヒコ(1973年生/第2回優秀賞)「平林君と魚の裔」銀河系相手に商売する宇宙船に運よく乗れた科学者が遭遇する騒動。宮西建礼(1989/第4回正賞)「もしもぼくらが生まれていたら」地球に衝突する小惑星が発見される。被害を最小化させるために、軌道変更のアイデアを思い付いた高校生たちの行動。酉島伝法(1970/第2回正賞)「黙唱」どことも知れぬ惑星、空を翔け、鳴梯を詠う異形の生き物たちの生態。宮澤伊織(-/第6回正賞)「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」マッドサイエンティストの同居人を紹介するネット中継は、しだいに宇宙の深みにはまり込んでいく。高山羽根子(1975/第1回佳作)「蜂蜜いりのハーブ茶」何らかの原因で爆発した太陽から脱出する船、主人公はその裏側の世界で生活している。理山貞二(1964/第3回正賞)「ディセロス」火星に技術支援のため向かった宇宙船は過激派による攻撃を受ける。一方、船内では不可解な殺人事件が発生する。
松崎有理(1972/第1回正賞)「未来への脱獄」刑務所で同室だった男は、未来から来た科学者だと自称する。空木春宵(1984/第2回佳作)「終景累ヶ辻」繰り返される怪談は、そのたびにどこかに変化が紛れ込む。八島游舷(-/第9回正賞)「時は矢のように」人類の終末が明らかになったとき、意識の加速化という驚くべき解決法が提示される。石川宗生(1984/第7回正賞)「ABC巡礼」著名作家の足跡をたどる旅に出た主人公は、同じ格好をした多くのファンたちと遭遇する。久永実木彦(-/第8回正賞)「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」主人公は過去に飛び簡単な任務をこなすだけの非正規労働者だったが、ある日、過去映像を違法にアップする人気動画投降者の正体を知る。高島雄哉(1977/第5回正賞)「ゴーストキャンディカテゴリー」表題は主人公がVR内で作った飴のような仮想通貨。物語はVR内と、6000年に一度のリアルとの並行で進む。門田充宏(1967/第5回正賞)「Too Short Notice」主人公が気が付くと、真っ白な部屋にいることが分かる。そこにはえたいの知れない数字が表示され、不規則に減っていくのだ。
ほとんどの作品はお題である「宇宙」「時間」というSF王道テーマを自由な発想でひねっている。そういう意味では、素直に宇宙SF、時間SFと予断を持って読んではいけないのだろう。
例えば「平林君と魚の裔」は宮内悠介『スペース金融道』の雰囲気で始まって、小川一水《天冥の標》のテーマ風で終わるというスケール感がある。「もしもぼくらが生まれていたら」では映画「アルマゲドン」(あるいは「君の名は」)風設定が二段オチ、三段オチを経て、テーマ自体を変容させる。「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」は標題そのままの奇想もの。一方「ディセロス」は本格宇宙ものに、ミステリ要素を絡ませる。「黙唱」や「蜂蜜いりのハーブ茶」は、著者の得意とするスタイルで、異星生物もの/世代宇宙船ものの新境地を打ち出した力作だ。
一方の「時間」となると、意識の時間まで含めればいくらでも範囲を広げられる。物理学より文学、哲学的なテーマに近い。物理は時間がなくても成り立つが、意識は成り立たない。
偶然なのか意図的なのか、『時を歩く』の作品間に奇妙な暗合がある。冒頭の「未来への脱獄」と巻末「Too
Short
Notice」は、どちらも謎の数字を解き明かすお話。「終景累ヶ辻」と「ゴーストキャンディカテゴリー」は累ヶ淵(日本四大怪談の一つ、呪いが何度も繰り返される)で共通する。「時は矢のように」はゼノンのパラドクスをテーマにするが、小川哲の「時の扉」とペアを成す発想だ。一見関係なさそうな「ABC巡礼」(同じ服装の観光客がどんどん増えていく)「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」(時間改変が恣意的/カジュアルになる)は、ともにシルヴァーバーグの皮肉な時間もの『時間線をのぼろう』を思わせる。
13名の著者のうち、単行本/文庫の著作を出したものは8名(出世頭の宮内悠介は審査員による特別賞なので、正規受賞者には入っていない)、他の文学新人賞と比べても優秀な成績と思われる。受賞時20〜40代だった各受賞者も、今では円熟期に入った。その才能が、旧弊なテーマに新たなヴァリエーションを付け加えた傑作集といえる。
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