2019/2/3

ジェフリー・フォード『言葉人形 』(東京創元社)

ジェフリー・フォード『言葉人形』(東京創元社)
Creation and Other Stories,2018(谷垣暁美編訳)

装画:浅野信二、装丁:柳川貴代

 〈白い果実〉三部作で知られるジェフリー・フォード初の短編集である。内容的には、既存の原著短編集5冊から、日本オリジナルで13編をセレクトしたものだ。著者については、ゼロ年代(2004〜08)に三部作を含め5冊の長編が紹介されたものの、ここ10年間は翻訳が途絶えていた。

創造(2002):少年だった私は、森の中でがらくたから人間を創造する。ファンタジー作家の助手(2000):文学好きを隠し助手になったわたしは、ベストセラー作家から書き上げたばかりの物語を読むよう命じられる。〈熱帯〉の一夜(2004):わたしが初めて行ったバーには、熱帯の光景が描かれていた。光の巨匠(2005):光を自在に操り何でも見せることができる男は、光の巨匠と呼ばれていた。湖底の下で(2007):墓参りに来た少年と少女は、とある霊廟に入り込む。私の分身の分身は私の分身ではありません(2011):私は不健康そうな自分の分身と出会うが、そのまた分身が出現しているらしい。言葉人形(2015):作家である私は、いつも通り過ぎる古い建物の前に「言語人形博物館」と書かれた看板があることに気がつく。理性の夢(2008):著名な研究者が思いついた、光を究極まで減速させる実験。夢見る風(2007):人間の身体を異形のものに変えてしまう〈風〉は毎年その村に到来する。珊瑚の心臓(2009):コーラル・ハートと呼ばれる魔剣を手にした男は、ある宮殿で貴婦人と出会う。マンティコアの魔法(2007):王宮の魔法使いに仕えるぼくは、最後のマンティコアが森に現れたうわさを聞く。巨人国(2004):一人の巨人が鳥篭の中に3人の人間を飼っていた。レパラータ宮殿にて(1999):かつて卑しい身分だった男女が王の計らいで宮廷貴族に叙されていたが、王女の死によってすべてが変わる。

 例えば「巨人国」ではこんな風に物語が進む。巨人に捕らえられた女→見知らぬ家庭から海辺のあばら家→難破した大型帆船→木箱に眠る蝋の女→巨大砂丘で出会う巨人の歌姫→湾流の潮に乗って大洋を漂う女。実際はもう少し複雑に、予測不可能な展開で物語が連鎖していく。この作品は原稿用紙換算40枚余ほどしかない。緻密な情景描写などほとんどないが、読み手の眼前に次々と煌びやかな幻想が立ち上がってくる。

 作品のうち半数以上は、SF雑誌(F&SF)やエレン・ダトロウ、ジョナサン・ストラーンらのオリジナル・アンソロジイ、オンライン雑誌掲載作になる。原著短編集は世界幻想文学大賞やシャーリイ・ジャクスン賞など、内容的にジャンル作家ではないのだが、そういった領域で評価されてきた。

 ところで、山尾悠子の推薦文「魔人ジェフリー・フォード製のカクテル〈甘き薔薇の耳〉の美味なることは保証つきだ」にある、ローズ・イヤー・スイートとは「理性の夢」に登場するカクテルだ。評者は過去(15年前)に、ジェフリー・フォードと山尾悠子では幻想の重みが異なると述べたのだが、いま読むととても似ているように思える。


2019/2/10

スティーヴン・キング『心霊電流(上)』(文藝春秋) スティーヴン・キング『心霊電流(下)』(文藝春秋)

スティーヴン・キング『心霊電流(上下)』(文藝春秋)
Revival,2014(峯村利哉訳)

装画:藤田新策、装幀:石崎健太郎

 原著作での順番では、63冊目になるキングの長編である(日本では《ミスター・メルセデス》のミステリ三部作が先行したので、本書が最新作ではない)。著者は今年で72歳になるが、2018年まで毎年作品を発表しており、そのたびにメディアでの話題になっている。

 メイン州の田舎町に一人の牧師がやってくる。牧師は若い信徒の興味を引くため電気を使った実験を好んで行い、主人公の少年はその技に魅了される。やがて技は趣味の範囲を超えて、得体の知れない効果を生み出した。しかし、牧師は家族の事故を契機に信仰を失い教区を去る。20年後、ミュージシャンとなった主人公は麻薬中毒に苦しんでいたが、偶然サーカスで再会した牧師に救われる。だがその後の人生は、奇蹟の不吉な副作用に翻弄されるようになる。

 謝辞や、著者インタビューなどでも言及されているように、本書はアーサー・マッケンによるホラーの原点「パンの大神」(1894)を踏まえた作品になっている(この作品は平井呈一編『怪奇小説傑作集1』で読める)。マッケンの作品は今読むとプリミティヴすぎるかもしれない。そこをキング風に「リバイバル」させているわけだ。特に結末付近は過去のホラー作品に対するオマージュのオンパレードで、ラヴクラフトはもちろん、メアリ・シェリーやクラーク・アシュトン・スミス、ブラム・ストーカーらまで多種多様に詰め込まれている。

 電気を自在に操るニコラ・テスラ風怪人が出てくる。ある意味マッドサイエンティストものなのだが、SF色はあまりなく基本的に古典ホラーの要素が強い。それは、著者も意識していると思われる。また、宗教や死後に対する非常にネガティヴな見解も明らかにされる。従来からキングが主張している立場でもある。

 物語の主人公はリズムギターの名手、ミュージシャン活動の間で麻薬の誘惑にハマる。キングもアマチュアギター奏者でバンドを組んでいたし、(作家業の行き詰まりから)アル中をこじらせ麻薬中毒にもなった。主人公は著者自身の経験を反映したものだろう。ただ、こういう形での著者の登場は《ダーク・タワー》でもっとストレートに描かれている。本書は原初的なホラーと主人公を絡め、ダーク青春小説(結末での主人公の行動は、設定の60代とは思えない若さがある)としてリニューアルした点を評価すべきなのかもしれない。


2019/2/17

ラヴィ・ティドハー『黒き微睡みの囚人 』(竹書房)

ラヴィ・ティドハー『黒き微睡みの囚人』(竹書房)
A Man Lies Dreaming,2014(押野慎吾訳)

カバーイラスト:KAKUTO、カバーデザイン:坂野公一(welle design)

 ティドハーの改変歴史もの。といっても、本書は類書とは大きく異なる構成をとっている。ここで描かれる世界は、アウシュヴィッツの絶滅収容所で死を待つ一人の作家の夢なのである。

 ヒトラーはウルフと名を変え、ロンドンで私立探偵を営んでいる。仕事は順調ではなく、娼婦がたむろする貧民街の個人事務所で家賃を滞納するほど生活が苦しい。ある日富豪の夫人が、行方不明の妹の捜索を依頼しにやってくる。ユダヤ人からの仕事は嫌悪感を誘うが、契約金には代えられない。ドイツは今では共産主義者に支配されている。権力闘争に敗れたファシストやユダヤ人たちは、難民となってイギリスに流れ込んでいた。依頼者の妹もその一人だった。難民の増大は治安の悪化を招き、反動で難民排除を叫ぶ英国ファシストの党が支持を集めるようになる。一方、ウルフの周辺では猟奇的な連続娼婦殺人事件が発生する。

 ナチスドイツに征服、または自らファシスト化した英国を舞台としたミステリは数多い。代表的なものに、レン・デイトン『SS-GB』(1978)やジョー・ウォルトン《ファージング三部作》(2006-08)などが挙げられる。別の人生をおくるヒトラーものも多く、最近では『帰ってきたヒトラー』(2012/映画化2015)などが話題になった。ただ、イスラエルに生まれロンドンに住むティドハー(親戚の多くが家族ごと収容所で亡くなっている)にとっては、ヒトラーは単なる歴史上の人物ではない。この作品の多層的な仕掛けは、現実の重さとエンタメ小説の軽さとの均衡を取るため、あえて設けられたものかもしれない。

 著者には《ブックマン三部作》(2010-12)や『完璧な夏の日』(2013)があり、その流れで2014年に本書が書かれている。前作も並行世界の第2次大戦が舞台だったが、より幻想味が減りリアルな設定になった。本書の中でのヒトラーはユダヤ人嫌いはもちろん、冷笑的、倒錯的な人物として描かれる。一度は頂点を極めたものの転落は激しく、猜疑心に苛まれる。亡命したかつての部下(ヘス、ゲッペルス、ゲーリング、ヒムラー)たちや、成り上がりの英国ファシスト、援助を申し出るアメリカ人らを信用していない。彼らには別の目的があり、ヒトラーを駒として利用しようとするだけなのだ。

 収容所でヒトラーの夢を見る作家は、世俗的な流行小説を書いていた。名の残るような作家ではない。だから彼の夢みるヒトラーは偉大さからはほど遠く、次々と世俗的な事件に巻き込まれ、極めて皮肉な結末へと導かれていく。


2019/2/24

ケン・リュウ『生まれ変わり 』(早川書房)

ケン・リュウ『生まれ変わり 』(早川書房)
The Reborn and Other Stories,2019(古沢嘉通・他訳)

カバーイラスト:牧野千穂、カバーデザイン:川名潤

 全20編を収録する古沢嘉通編日本オリジナルのケン・リュウ短編集である。『紙の動物園』(2015)『母の記憶に』(2017)に続く第3弾。ケン・リュウは、本国版が出る前から短編集が編纂されてきた(本国版はまだ1冊のみ)。オリジナル版が先行するのはグレッグ・イーガンも同様だが(イーガンの場合、初短編集が日本というわけではない)、日本での人気の高さを反映するものだろう。本書では、2002年のデビュー作「カルタゴの薔薇」を除くと、2011〜18年の10年代作品が採られている。

生まれ変わり(2014)わたしは異星人と共生する際に、過去の記憶を消し去っていた。介護士(2011)ロボット介護士の介助を受けるわたしは、AIの振る舞いに小さな違和感を覚える。ランニング・シューズ(2014)劣悪な環境の靴工場で働く少女は、思わぬものに転生する。化学調味料ゴーレム(2013)宇宙船内で繁殖したネズミ退治のため、神様からゴーレム創造を指示された少女の活躍。ホモ・フローレシエンシス(2014)現地の状況を何も知らない大学院生が、インドネシアで別種のヒトの骨を売りつけられる。訪問者(2011)異星人の探査機が地球のあらゆるところに現れたあと。悪疫(2013)悪疫が蔓延し、少数の人々だけがドームで生き残った。生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話(2016)変化しない本は生きていない。生きている本は読者と共にどんどん変化する。ペレの住民(2012)紛争下の地球から、おとめ座61番星の惑星ペレに移民船が到着する。揺り籠からの特報:隠遁者──マサチューセッツ海での四十八時間(2016)地球温暖化が進み、世界の主な都市は水没していた。七度の誕生日(2016)離婚した夫婦の娘だった主人公は、やがて電脳化されて遠い未来に生きるようになる。数えられるもの(2011)数学に特異な才能を示す主人公は、他人の言動を理解することができなかった。カルタゴの薔薇(2002)自由に生きた妹は、やがて先端AI企業で働くようになるが。神々は鎖に繋がれてはいない(2014)亡くなったはずの父が絵文字チャットで語りかけてくる。神々は殺されはしない(2014)国際情勢を煽るように電脳空間上で紛争が発生する。神々は犬死にはしない(2015)ある日突然、主人公の妹と称するチャット画面が現れる。闇に響くこだま(2013)清朝末期、真っ暗な闇の中で敵を倒す巧妙な仕掛けとは。ゴースト・デイズ(2013)遠い星で異形化した人間が手にする地球由来の工芸品の由来。隠娘(いんじょう)(2017)唐の時代、尼僧に訓練された娘が暗殺を命じられる。ビザンチン・エンパシー(2018)難民支援のNPOを巡り、その手段の是非で対立する2人の女性。

 「介護士」「ランニング・シューズ」「ホモ・フローレシエンシス」では、貧しい途上国と搾取する先進国(欧米諸国)という構図が背景に置かれる。ただ、これは他のケン・リュウ作品でも同様だが、断罪や正邪のお話ではない。どちらの側にも人間がいて、お互いに分かり合えることもあれば、永遠に理解し得ないこともある。そういう悲哀を、両方の立場を知る者として書けるのが著者の強みだ。

 中で目立つテーマは、電脳化(全脳アップロード)である。デビュー作「カルタゴの薔薇」や「神々は……」で始まる三部作、「七度の誕生日」などで繰り返される。他の作家と異なるのは、それが父と娘、母と娘、妹と姉といった家族の物語である点だろう。相手がどれだけ抽象化、記号化されようとも、家族の絆が途絶えることはない。

 リアル、ファンタジイを綯い交ぜた中国ものは掉尾に置かれている。「闇に響くこだま」は緻密に書かれた工学的アイデアSF、「ゴースト・デイズ」は近過去と遠い星との意外な結びつきを見せる因果の物語、「隠娘」は軽快な中華ファンタジイ、「ビザンチン・エンパシー」は仮想通貨やブロックチェーンなどを交え、藤井太洋とも重なる現代の問題をみごとに描きだしている。