2011/3/6
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講談社BOX叢書から刊行された、八杉将司の最新書き下ろし長編である。第5回日本SF新人賞を受賞したのが2004年なので、およそ7年ぶりの長編になる。その間は、いくつかの短編をアンソロジイに掲載している。
主人公は学校である訓練を受けている。訓練で夢想状態になれば、これまで手に入らなかった感覚が体得できるという。しかし、彼はそれを得ることができないまま、学校の外にある別の社会を知ることになる。そこでは、眼球の除去が当たり前になっている一方で、視力を再発見する研究が続けられていた。
短編「娘の望み」(2006)では言葉の話せない娘が、別のコミュニケーション手段を持っていたというお話だったが、著者の興味として、“失われた感覚とそれに代わるもの”があるのだろう。盲目の人々だけの世界は、ウェルズの古典的な「盲人の国」(1904)や、ウィンダム『トリフィド時代(別題:トリフィィドの日)』(1951)などで書かれてきた。前者は、盲目が前提の世界に迷い込んだ健常者、後者は、災害により人類の視力が失われた世界を描いたものだ。本書では、視力が失われて数十世代を経たのちに、見えることが再発見されたら何が起こるかがテーマになっている。ウェルズは視力の本質的な意味を追求したわけではない。むしろ、相対的な寓意(所有の有無だけでは優位にならない)を強調している。一方八杉将司は、視力を得て変貌した友との友情のあり方を描いている。見える力の付与は、この世界の人々にとって、不幸しか生み出さなかったのである。
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2011/3/13
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第4回日本SF新人賞を受賞した三島浩司の、1800枚に及ぶ長大な書き下ろし長編。「コブラ」や「キューティーハニー」、「新世紀エヴァンゲリオン」などのアニメに登場するアイデアを意識したと述べるが、既存作で描かれなかった新しい構想を入れた点がポイントという(SFマガジン2011年3月号インタビュー)。
宇宙からの渡来体=異星人により、地球の軌道を取り巻く巨大な建造物が構築される。やがて、その製造者を追って別の渡来体が現れ、宇宙空間での激しい戦闘の後、前者は駆逐される。だが、戦闘の副産物として、四国の剣山に建造物の一部が落下する。山を中心に半径35キロの圏内は“化外の地”と呼ばれる異界となり、無数の生き物“キッカイ”が生み出されるようになる。独自のシステムで進化するキッカイを阻止しなければ、そのうち人類の生存が危うくなる。政府は国際社会からの干渉を排除するため、強力な対渡来体兵器ダイナミックフィギュアを開発する。
数年にわたる構想と、ほぼ1年がかりの執筆で書かれた大作。ロボット兵器登場の背景は、これまでの著者の作品のような唐突さはなく、非常によく練られている。巨大ロボット戦闘もの/ハイティーンの若者がパイロットなど、アニメの類作を踏襲しているのに、ありふれた印象を残さないのは、独特の用語による異化作用もあるだろう。究極的忌避感、孤介時間、ボルヴェルク、フタナワーフ、ソリッドコクーン、ハノプティコン、STPF、ワン・サード等、それぞれに意味づけがある。登場人物も多様で複雑だ。“母子”ではなく、“父子”関係が一つの特徴となる。ただし、後半に進むほど顕著になる大仰なセリフ回しは、逆に物語のリアリティを損なうので抑えた方が良かった。
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2011/3/20
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短編集『隠し部屋を査察して』(1987)、長編『パラダイス・モーテル』(1989)で知られる著者の長編。エリック・マコーマックは1938年にスコットランドの小さな工業都市に生まれた。国内で高校教師などの職業に就いた後、カナダの大学に進学、ウィニペグのセント・ジェローム大学で英語学の教授をする傍ら創作活動を行い、カナダ国内の複数の文学賞を受賞している。
かつて炭鉱があった北部の小さな町。そこで奇妙な病気が蔓延し、住民たちが次々と亡くなっているという。主人公は政府の行政官から依頼を受け、軍隊の管理下に置かれた町で原因の究明を図ろうとする。しかし、インタビューした住民から聞かされる話は、過去/現在の意外な事実を次々と明らかにしていく。炭鉱で働かされていた戦時捕虜、薬剤師の父と息子、骨董店の女、町を掻き乱す水文学者の行動…。
過去の事件と現在の住民の関係、次第に複雑になっていく登場人物たちの関係、単純な事件解明が次の段階で謎を生む多層的な構造と、ミステリアスでありながら答えのある「ミステリ」ではない点が、本書最大の特徴だろう。さて、この謎は次第に上層を侵食していく。無関係と思われた主人公や、行政官までを巻き込む謎へと収束するのである。
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2011/3/27
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著者は、1960年生まれの中堅作家。2007年の星雲賞を受賞した中編「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」(ジェリイ・オルションとの共著)で知られる。1987年デビュー以来、スパイダーマンなどのノヴェライゼーションや、ゾンビもののホラーも書いている。ヒューゴー賞やネビュラ賞等メジャーな賞はノミネートどまりだが、本書は、アンドレア・コート参事官(捜査官)を主人公としたシリーズものの1編で、2009年のフィリップ・K・ディック賞を受賞した。
主人公は、かつて異星人を交えた虐殺事件の当事者だった。人類が宇宙に進出し、複数の異星人と交流を行う遠未来。彼女の任務は外交関係にかかわる事件の捜査である。今回の事件は、人工知性集合体が建設したシリンダー世界“111”で起こる。直径1000キロ、長さが10万キロに及ぶシリンダー型人工天体では、内部の広大な円周部分は有毒な海、人は中心軸付近でしか生きられない。ハンモックにに吊られた街に外交団が居住するが、そこで殺人事件が発生する。犯人は誰か、その目的は何か、そして主人公に付きまとう悪夢の正体とは何か。
J・K・オニールのスペースコロニー(直径6.5キロ、全長33キロ)や、A・C・クラークのラーマ(直径20キロ、全長50キロの円筒形宇宙船)のようなシリンダー型宇宙船/宇宙都市が舞台だが、表面と軸部分という上下関係が逆転している点がユニーク。さてここで繰り広げられるのは、しかし、異世界の探検物語ではなく、犯人探しのドラマである。軸に住むナマケモノに似た知的生物の証言、半ば奴隷状態で時間を担保に働く年季奉公人の証言、人知を超越した力を持つ人工知性体の証言、一体誰が真実を述べているのか。主人公の出自を絡めた展開が面白く、一方、設定の壮大さを生かしたスケール感が乏しい点が気になる。
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