芦辺拓が「ミステリーズ!」の2010年10月から12年2月にわたって連載した、“スチームパンク本格ミステリ小説”である。あとがきで、本書はスチームパンクの代表作ギブスン&スターリング『デファレンス・エンジン』(1990)などに拘りがない作品とあるが、もはやスーパーガジェット(なんでもあり)の“蒸気機関”と19世紀的世界が登場しさえすれば、スチームパンクと称して何の問題もなくなってきている。本書もそのような世界観で書かれている。
物語は、蒸気動力の空中船《極光号》が、エーテル宇宙から帰還するところから始まる。その航海の結果、一人の少年が宇宙から救出されるのだが、彼は自身の出自を語ろうとしない。そんな中、都市では不可能殺人事件が連続発生し、名探偵と空中船船長の娘、少年たちが解決に乗り出す。
19世紀、蒸気機関はあらゆるところに使われ、また我々の世界では否定された“エーテル”の存在により宇宙飛行も可能となっている。という、スチームパンク的な並行宇宙の設定が、既存SF作品でも踏み込んでいない領域まで、最大限応用されたSFミステリである。著者自身SFを良く知っているため、相当無理な設定(殺人事件の真相)も、ぎりぎり計算内と読める。ミステリなのだから、殺人事件の解明はもちろんされる。その上、世界そのものに対する驚愕の謎解まで用意されるのだが、これは確かにSFでは描けない内容だろう。本書には、1950、60年代の手塚マンガや初期アニメのリリシズムを強く感じさせる雰囲気がある。著者も、そういったイメージを思い浮かべながら書いたようだ。
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