2012/10/7

芦辺拓『スチームオペラ』(東京創元社)


装画:藤ちょこ、装幀:内藤由

 芦辺拓が「ミステリーズ!」の2010年10月から12年2月にわたって連載した、“スチームパンク本格ミステリ小説”である。あとがきで、本書はスチームパンクの代表作ギブスン&スターリング『デファレンス・エンジン』(1990)などに拘りがない作品とあるが、もはやスーパーガジェット(なんでもあり)の“蒸気機関”と19世紀的世界が登場しさえすれば、スチームパンクと称して何の問題もなくなってきている。本書もそのような世界観で書かれている。

 物語は、蒸気動力の空中船《極光号》が、エーテル宇宙から帰還するところから始まる。その航海の結果、一人の少年が宇宙から救出されるのだが、彼は自身の出自を語ろうとしない。そんな中、都市では不可能殺人事件が連続発生し、名探偵と空中船船長の娘、少年たちが解決に乗り出す。

 19世紀、蒸気機関はあらゆるところに使われ、また我々の世界では否定された“エーテル”の存在により宇宙飛行も可能となっている。という、スチームパンク的な並行宇宙の設定が、既存SF作品でも踏み込んでいない領域まで、最大限応用されたSFミステリである。著者自身SFを良く知っているため、相当無理な設定(殺人事件の真相)も、ぎりぎり計算内と読める。ミステリなのだから、殺人事件の解明はもちろんされる。その上、世界そのものに対する驚愕の謎解まで用意されるのだが、これは確かにSFでは描けない内容だろう。本書には、1950、60年代の手塚マンガや初期アニメのリリシズムを強く感じさせる雰囲気がある。著者も、そういったイメージを思い浮かべながら書いたようだ。

 

2012/10/14

福田和代『宇宙へ』(講談社)


装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 講談社の文芸誌「エソラ」に掲載された、宇宙エレベータで働くメンテナンスマン(保守サービス要員)を描いた連作集である。華々しい宇宙飛行士でも、新技術の開発者でもない、現場の作業員であるところがポイントだ。

 「遙かなる宇宙の歌」(2011/3):物資不足の静止軌道ステーションで生じたトラブルを解決する方法
 「メンテナンスマンはマタ・ハリの夢を見るか?」(2011/8):エレベータを妨害する美貌のマタ・ハリとは
 「アストロノーツに花束を」(2011/12):打ち上げられたカプセルで葬られた人物の目指した理想
 「わが名はテロリスト」(2012/4):順調に拡張するステーションを根幹から揺るがすテロ事件

 宇宙に憧れる主人公は、身長195センチの巨漢で、宇宙飛行士の上限に抵触してしまう。そもそも、標準サイズしかない宇宙服が着られないのだ。しかし、2031年にはオーストラリア西部のパースから沖合1000キロの位置に、民間が開発し国連が認可する宇宙エレベータが建設される。エレベータ事業への参加という道があった。そこで主人公が所属するのは、滞りなくエレベータが稼働するよう設けられた、4人一組交代勤務のメンテナンスチームである。建設途上のトラブルや、悪質な妨害工作も多発する。ただ、本書では政治や派手なアクションはない。現場であるが故の地味な展開となっている。宇宙/軌道エレベータものでは、テロによる破壊シーン(リンク先は火星の宇宙エレベータの話)なども過去描かれたことがあるので、その点を期待するとやや物足りないかもしれない。

 

2012/10/21

董啓章『地図集』(河出書房新社)
2012(藤井省三、中島京子訳)

装画:須藤由希子、装丁:緒方修一

 香港の作家 董啓章の日本オリジナル傑作選である。今年2月に出た本で、香港版の原典から翻訳されたものだ。すでに多くの書評で、カルヴィーノ『見えない都市』を思わせるなどと称賛されている。ただし、ここに描かれるのは香港であって、非在の都市ではない。それなのに、少しも本当のことは書かれていないのである。

 「少年神農」(1994):神話の豊穣神が永遠に生き、少年の姿で生活したとしたら
 「永盛街興亡史」(1995):海外に住む青年が香港に帰郷し、隠された家族の歴史を知る
 「地図集」(1997):香港の地図に関わる52篇の物語
  理論篇:様々な地図に関する思想と考え方
  都市篇:英国割譲から、大都市香港となるまでを描く様々な物語
  街路篇:香港中にある街路の、歴史と名前の由来
  記号篇:地図に書かれた様々な記号の意味
 「与作」(2011、書下ろし):日本を訪れた主人公と、一人の日本人との出会いのお話

 「地図集」は、1997年の香港中国返還の年に出版された。およそ百年間、香港は中国の一部でありながら、英国でもあった。自由の国に見えるが、英国が返還に向けて自由化を促しただけであって、独立国だったことはない。しかし、本書にそういった政治的主張は何もない。一方、例えば、都市篇や街路篇では、香港の地名の漢字表記がテーマとなる。地名は漢字と英語が併記されるが、雪廠とIce Houseなど等価でないものがある(雪なのに、Snowでないのは何故か)。そういった文字の微妙な差異から、隠された意味や、さまざまな空想が物語となって噴出している(この“史実”はすべて嘘/フィクションとされる)。著者にとって、英国/中国の2重構造は、根源的な生活の基盤を構成するものなのだ。とはいえ、この「地図集」はあまりにも香港に固執しすぎている。アナログな漢字世界を、非常にロジカルに語る作者のスタイルはユニークだが、香港を知らない読者にとって重すぎるかもしれない。そんな本書の中では、軽快なファンタジイ「少年神農」、村上春樹風の「与作」がニュートラルに読めて面白い。

 

2012/10/28

長谷敏司『BEATLESS』(角川書店)


装画:redjuice、装丁:草野剛(草野剛デザイン事務所)

 フィギュアメーカGood Smile Companyとのコラボ企画(フィギュアの販売、派生コミックの出版を含む)として、角川書店の雑誌「Newtype」に連載(2011年7月〜12年8月)された、1700枚余の長編小説。キャラクタをベースにしたライトノベルと、本格的なSF小説との融合を図った物語となっている。

 およそ100年後の未来、ハザードと呼ばれる災害ののちに復興された首都圏で、少女の姿をした5体の《人類未踏産物》が脱走する。この世界では、人類の知性(特異点=シンギュラリティ)を超えた超知性体を、厳重な管理のもとに使役している。彼らが暴走した場合、人類には留める手段がないからだ。主人公は偶然1体の少女と出会い、オーナー契約を結ぶことになる。しかし、彼女たちは何の目的で世に放たれたのか。

 SFマガジン2012年11月号に著者インタビューが掲載されている。そこで、(ラノベ的な)キャラクタを必要としない一般読者向けSF小説と、そういった小説を通常は読まないアニメファン向け、という2つの目的で書かれたことが述べられている。本書はノベライズではない。フィギュア=イラスト=キャラが最初に出来上がっている一方、そのイメージに双対する形で、心を持たない“モノ”と人との関係(例えば、感情を持たないモノが、感情的に人を動かすアナログハックという概念)という非常にSF的なテーマが置かれているからだ。登場人物も、ラノベ風の現状に流される巻き込まれ型少年と、世界を変革する積極派の少年とのせめぎ合いのように描かれている。さて、心を持たない少女は結局何をもたらしたのか。本書の結末が、ある意味キャラクタ小説と類似に見えるのも、作者のアナログハック的な仕掛けの効果なのかもしれない。