2014/4/6

福田和代『バベル BABEL』(文藝春秋)


装幀:関口信介、装画:末原翠


 著者自身が初のSF作品とする長編である。

 舞台は東京、ごく近い数年後の未来。ある日、未知のウィルスによる流行病が発生する。突然高熱を発し、高い確率で死につながり、回復した患者の多くも脳の一部に損傷を負っていた。それは主に言語を司る部位だった。彼らは喋ることや、そもそも言葉を理解することができなくなってしまう。これは社会の破壊につながる。混乱の中で権力を掌握した首相は、ウィルスの保菌者から非感染者を守るため、長城と呼ばれる分離壁の建設を進める。
 
 大流行は日本の中だけで起こる。諸外国は国境を閉ざし、日本は孤立する。病気の封じ込めと保菌者の隔離は、再び国を開くためには必要ではないか。建設された長城の内と外では、それぞれ別々の生活が営まれる。お互いの交流は最小限に制限されるが、隔離された側はそれには満足しない。そして、選ばれた子供だけを集める高層ビル=タワーは、何の目的で作られたのか。著者の説明する通り非常にSF的な設定で、小松左京『復活の日』や『首都消失』が思い浮かぶ。ただ、物語の展開がスティーヴン・キング『アンダー・ザ・ドーム』を感じさせるのは、国家や民族というよりも、不可侵の壁が生み出す人間たちの思惑と愛憎のドラマである点が、よく似た印象を残すからだろう。

 

2014/4/13

オースン・スコット・カード『道を視る少年(上下)』(早川書房)
Pathfinder,2010(中原直哉訳)

カバーイラスト:鈴木康士、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン


 オースン・スコット・カードの新作翻訳としては10年ぶりの長編。カードは、特徴的な問題意識から、特に1990年代に注目を集めた。短篇集を含め、20冊もの翻訳がされてきたものの、今回映画化を機に新訳された『エンダーのゲーム』や、短篇集『無伴奏ソノタ』を除けば、ほとんどが絶版になっていた。しかし本国での人気は衰えておらず、新しいシリーズものを含め続々と書いているようだ。本書は、新シリーズ《パスファインダー》の第1作である。

 川上の森で生きる親子。厳しい教育を受けた少年は、父の突然の死を経て、都市へと旅立つことになる。彼には人や生き物が動いた軌跡(パス)が見えるのだ。仲間を得て川下へと旅する一行は、古代から存在する巨大な塔で、まず世界が生まれた秘密の一端を知り、首都で自身の出生の秘密を知ることになる。自分は何のために存在するのか、そしてこの世界はなぜ外部と隔てられているのか。

 原題の「パスファインダー」とは、文字通り「道を視る者」なのだが、道なき道を知ることから開拓者という意味がある。失われた過去の歴史を、再発見する旅人を象徴する言葉なのだろう。物語では、世界が生まれた秘密が各章の冒頭に断片的に置かれていて、最後に本編と重なるようになっている。さてしかし、気になるのは、本書が過去の問題作と同様のテンションを備えているかだろう。人類の命運が幼い少年に託されているという『エンダーのゲーム』(1985)や、連続少年失踪を描いて話題騒然となった『消えた少年たち』(1992)と比べると、子供離れした主人公の異常さに面影を感じるとはいえ、世界の成り立ちを含め全般的にマイルドすぎる。10〜20年前より今の時代のほうが、カード的な問題意識を受け入れ易いと思うのだが。

 

2014/4/20

ロラン・ジュヌフォール『オマル −導きの惑星−』(早川書房)
OMALE,2012(平岡敦訳)

カバーイラスト:鷲尾直広、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)


 著者は1968年生まれのフランス作家。本書は、2002年にロニー兄賞(ベルギー生まれの兄弟作家の兄、フランス現代SFの祖)を受賞した出世作でもある。フランスでは他にイマジネール賞(こちらは過去のフランスSF大賞を包含している)があり、著者にはこちらでも受賞作がある。本書は、その後シリーズ化され、2014年の最新作も含め5作が書かれている(第2作まで翻訳予定あり)。

 世界はオマルと呼ばれる。面積は地球の5000倍以上、どこまでも果てしなく続く大地と湖。そこに全く出自の異なる3つの異種族が住み着いている。彼らは合従連衡を繰り返し、お互いを奴隷にするなど絶え間なく抗争を繰り返してきた。しかし、今は小康状態が保たれている。そんなある日、世界に住む出自もばらばらの6人に招待状が送られてくる。同じ船、同じ目的地、いったい彼らを呼び集めたのは何者なのだろうか。

 6人の内訳は、ヒト族の若い女と軽薄な作家、麻薬中毒者、身体能力に勝るシレ族の巨人の女と医者、内省的なホドキン族の商人だ。彼らは、やがて遭難する運命にある一隻の大型旅客飛行船に集まり、漂流する中で各自の半生を語り始める。本書からは訳者の解説にもある通り、ジャック・ヴァンスの影響が強く感じられる。そもそも、巨大な星でのエキゾチックな冒険、という設定は『大いなる惑星』(1952)と同じなのだ(さすがに科学的な説明部分は、もう少し近代化されている)。作者は熱心なSFファンで19歳単行本デビュー、博士論文もSFで取ったという。純粋培養のSF作家だけあって、さまざまなSFのエッセンスを濃厚に取り込み、お話の緻密さにも破綻がない。ただし、謎が解明される結末は、設定の壮大さに比較して、ちょっと小さくまとめすぎたようだ。そのあたりは続編で回収するつもりなのかもしれないが。

 

2014/4/27

ダリオ・トナーニ『モンド9』(シーライトパブリッシング)
MONDO 9,2012(久保耕司訳)

装丁:相良薫(islay studio)、イラスト:Franco Brambilla


 著者は1959年生まれのイタリア作家。本書は、2013年のイタリア賞(1972年に始まったイタリアSF大会Italconの第1回から続く、ファン投票によるSF賞。著者はこれまで5回受賞)、及びカシオペア賞(こちらは選考委員による年間ベストのようだ)を受賞するなど、その年に出た作品の中で非常に高い評価を得た作品だ。

 そこは世界9(ノーヴェ)と称される。有毒な砂に満たされた砂漠を走る巨大陸上船<ロブレド>。そこから、一組の継手タイヤ<カルダニク>が分離し脱出するが、二人の乗組員はその中に閉じ込められる。砂漠に座礁した<ロブレド>に棲みついた鳥たちを狙う親子がいる。鳥たちは半ば金属と化している。<チャタッラ>島は遺棄された無数の船が流れ着く墓場、毒使いたちはまだ生き残っている船の命を絶ち、有用な資材を運び出そうとする。<アフリタニア>は交換部品となる卵を生み出す船だ。だが、金属を喰らう巨大な花が口を開き、行く手を阻んでいる。

 雑誌掲載などで、10年に渡って書かれた連作短編4作から成る長編である。“スチームパンク”とされ、確かに重量感のある鉄をイメージするメカが登場するものの、19世紀的なものではない。無機的というより非常に有機的な表現で描写がなされている。金属であるのに人を消化し、逆に疫病によって人や鳥さえ金属と化していくのだ。現実を思わせる類似点や風刺などはなく、ひたすら想像力で世界を構築する。解説の中でバラードを思わせる(恐らく『結晶世界』のことだろう)とあるが、本書の黒々とした不吉さは著者独特のものだろう。