2012/6/3

倉数茂『始まりの母の国』(早川書房)


Cover Illustration:jyari、Cover Design & Direction:ハヤカワ・デザイン


 先週に引き続いて《ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション》10周年記念作品。倉数茂は1969年生まれ、ポプラ社の第1回ピュアフル小説賞(第2回で終了し、現在はポプラ社小説新人賞となっている)の大賞を『黒揚羽の夏』(2011)で受賞してデビュー、その後評論『私自身であろうとする衝動』(近代文学史の論考)を挟んで、本書が3作目となる。

 どことも知れない北の孤立した島に、女だけの世界があった。そこには生殖行為なしで子供を孕むことができる母と、使役に就く娘たちから成る社会があり、男の存在は伝説でしかなかった。そこに一人の男が漂着する。男を匿った娘は、そのまま海に帰そうとするが、やがて男たちによる大規模な侵略の影が迫ってくる。

 女性だけで作られた社会を描いたSFとしては、古くはジョン・ウィンダム「蟻に習いて」(『ありえざる伝説』収録)、ジョアナ・ラス「変革のとき」(『フィメール・マン』の一部)、良く知られているジェームズ・ティプトリー・ジュニア「ヒューストン、ヒューストン聞こえるか」(『老いたる霊長類への星への賛歌』収録)など、その時々に大きな議論を呼んだ作品がある。ジェンダーや社会差別の問題はもちろんだが、生物的な仕組みの異なる“最も身近なエイリアン”を、双方の立場から描いた斬新な視点が注目されるのである。本書は、宮崎アニメを思わせるクラシックでソフトな印象のファンタジイだ。しかし、帝国対辺境の小国といったパワーバランスばかりにフォーカスがあたって、母を産んだ世界の秘密は明らかにされず、「母の国」と「男性帝国」との本質的差異に対する
言及も少ない。女性だけである必然性に乏しい点が、既存作品と比較して物足りないところだろう。

2012/6/10

花田智『天狼新星 SIRIUS:Hypernova』(早川書房)


Cover Illustration:おぐち、Cover Design & Direction:ハヤカワ・デザイン


 各本でデザインが異なる、《ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション》10周年記念作品の5月刊。本書はもともと劇団レーベルBo-tanz(ボータンツ)2003年に公演された演劇を、ほぼそのまま小説化した作品である。ノベライズの一種なのかもしれないが、本書の著者 花田智による脚本自体が理系用語満載の難解なセリフ回しのため、却ってSF小説との融和性が高かったと思われる。著者は1964年生まれ、自ら立ち上げた劇団の脚本家と研究職(細菌学者)を兼ねている。

 2015年、大容量の光ソリトン通信サービス開始直前に、帯域を占拠するほどのノイズの存在が検知される。急遽結成されたプロジェクトチームは、正体の解明と除去に全力を尽くそうとする。一方、2058年、量子コンピュータの破壊工作に就く特殊電脳部隊のメンバーは、そこに潜む巨大な迷宮に迷い込む。この2つを結ぶものとは何か。

 ちょっと読んだだけでは、これが演劇で上演されたとはとても思えない。しかし、サイバー・フォース、量子コンピュータ、ソリトン通信、量子共時性、ハイパーノヴァ(予言の言葉「やがて世界は焼き尽くされる」の意味)などなどの用語に、演劇的な異化作用(非現実感を高める作用)があったのだろう。脚本と比較すると、セリフだけで表現できないディティールを文書によって補完しているという印象だ。著者は専門家ではないのだが、コンピュータ用語を巧みに組み合わせ、未来的なネットワークやサイバー戦争を実感させることにも成功している。一方、物語は時間ループに伴う失われた記憶と、出会い/別れのお話に収斂し、ここだけは古典的なドラマになっている。

2012/6/17

八杉将司『Delivery』(早川書房)


Cover Illustration:撫荒武吉、Cover Design:ハヤカワ・デザイン


 先週と同じく、《ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション》10周年記念作品の5月刊。著者の八杉将司は、第5回日本SF新人賞を受賞後、長い沈黙を破って、昨年『光を忘れた星で』を発表している。本書はその『光を…』を出す以前(SFマガジン2012年7月号インタビューによると5年前)から書かれていたという本格SF長編である。

 何百年かの未来、人類は月を緑化し植民地としている。しかし、突如宇宙規模の大災害が発生し、地球上の多くの大都会が壊滅、人口も5分の1に激減する。10年後、新たな秩序が生まれる中で、主人公たちの集団に紛れ込んだ1人の男を巡って、陰謀の直中に彼らは巻き込まれていく。

 冒頭、カズオ・イシグロを思わせるシーンから物語は始まる。主人公たちは「ノンオリジン」と呼ばれる、遺伝子操作された人間もどきだ。ただこれは一瞬のことで、直ぐにギャングたちとの抗争、類人猿の容貌を持つ男との出会い、国家機関によるテロと続き、月に舞台を移してからは大災害=スーパーディザスターを巡る謎の解明などなど、アクション満載で目まぐるしい展開を見せる。表題のDeliveryは、「産出=生れ出る」の意味で使われている。SFガジェットにこだわりたいとする作者の狙いどおり、生まれ出るものの正体は、類作にない驚きのアイデアといえるだろう。ただし、物理学的には相当飛躍しているので、納得できない人も多いと思われる。

2012/6/24

レイ・ブラッドベリ サム・ウェラー『ブラッドベリ、自作を語る』(晶文社)
Listen to the Echoes:The Ray Bradbury Interviews, 2010(小川高義訳)

装丁:柳川貴代、Photo by Dan Tuffs/Getty Images


 2012年6月5日、レイ・ブラッドベリが91歳で亡くなった。92歳の誕生日まであと2か月だった。本書は、昨年河出書房新社から出た『ブラッドベリ年代記』の、同著者による姉妹編とでも言えるインタビュー集である。収録された時期は2000年から2010年までの10年間にも及ぶ。

 生まれた瞬間を覚えている! 3、5歳で見た映画の鮮明な記憶、サーカスの魔術師との出会い。映画全盛期のハリウッドで、スターたちを追いかけた少年時代。ブラッドベリは、そんな自身の体験に基づくお話が多いのだ。作家として成果は、さまざまな人の人生に影響を与えたことと語る。特定の信仰は持たず、あらゆる宗教に興味を持ち、マッカーシズムやベトナム戦争に反対し、特定の政治家に肩入れしたことはあるが、レーガンを支持するなど固定的な政治信条は持たない。結婚は1度きり、2度の浮気体験もある、しかし即物的なセックスを好むわけではない。深くは考えない、まず行動してから考える。SF作家との親交もあり、未来の予言者と言われながら、自身の書くものは、これほど非科学的なSFもないと語る。62歳まで飛行機に乗らず、車も運転しない。もちろんPCは持っておらず、1999年に脳卒中で倒れてからは、遠方の娘との電話での口述筆記に頼る。

 本書の末尾には、1976年に文芸誌「パリス・レヴュー」が行ったインタビューが収められている(未公表だったもの。その後、2010年になって同誌Webに掲載された)。SFに対する低評価や文壇の後進ぶりを批判する、当時56歳だったブラッドベリが生き生きと語ってくれる。本書のカバーはブラッドベリ自室の写真だ。SF作家の部屋といっても、一般の作家と特に変わらない場合が多い。資料関係の本や、関係する文芸書くらいなもので、その内容には意味はあっても見た目に大差はない。しかしブラッドベリは違う。部屋には、さまざまなおもちゃが溢れているのだ。ティラノサウルスや、ノーチラス号、得体のしれない怪物やファンタスティックな絵画などなど。大人になっても、おもちゃ屋に強く惹かれ、おもちゃのプレゼントが最高だという。誰の心の奥底にも生き続ける、子供の心を表現する根源的な作家。まさにその点で、ブラッドベリは世界の多くの人々から愛されたのだ。