2019/9/1

大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形』(東京創元社)

大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形』(東京創元社)

Art Work:加藤直之、Cover Desigh:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 ここ1か月、毎週短編集かアンソロジイについて書いてきたが、今週は《年刊日本SF傑作選》である。2008年12月に出た『虚構機関』に始まり、全12冊を出したこのシリーズも本書で打ち止め、これが最終巻となる。年刊傑作選自体が珍しい中で、ここまで続けられたのは快挙だろう。ただ、近年ページ数が3割強も増え(500→700ページ)、手軽に読むにはヘヴィーすぎるようになってきた。網羅性を上げようとした結果だろうが、そろそろ潮時だったのかもしれない。

 宮部みゆき「わたしとワタシ」主人公中年のわたしは、取り壊し直前の実家前で女子高生のワタシと出会う。斉藤直子「リヴァイアさん」パチンコ屋でアドバルーンを上げるバイトの彼と彼女は、思いがけぬ空の脅威を体験する。日高トモキチ「レオノーラの卵」工場に勤める娘レオノーラが卵を産む。男が孵るのか女が孵るのか賭け事がはじまる。肋骨凹介「永世中立棋星」(コミック)将棋AIにはたして人格はあるのか。主人公の前に現れたのは。柴田勝家「検疫官」物語そのものが有害とされた国で、検疫官は侵入を防ぐため懸命に防疫活動をする。藤井太洋「おうむの夢と操り人形」顧みられなくなったヒューマノイドロボットに、意外な活用方法が生まれる。西崎憲「東京の鈴木」不吉なできごとを警告するメールには、すべて東京の鈴木という署名が記されていた。水見稜「アルモニカ」18世紀、音楽療法で名を知られた医師は科学アカデミーの審問に呼び出される。古橋秀之「四つのリング」4つのリングを手に星系をさまよう少年の体験したできごと。田中啓文「三蔵法師殺人事件」旅する孫悟空一行は、ある日リーダー三蔵法師の死体を発見する。ダイイングメッセージに込められた犯人の正体は誰なのか。三方行成「スノーホワイト/ホワイトアウト」毎日知性化ディスプレイの鏡に問いかける女王は、存在するはずのない白いものに気が付く。道満晴明「応為」(コミック)江戸時代、葛飾北斎の娘は時間旅行者に遭遇し未来のエロを知る。宮内悠介「クローム再襲撃」難攻不落のソフト城塞クロームを襲撃する、2人の落ち目のハッカーが見たもの。坂永雄一「大熊座」コロラド州の山奥で熊たちが見せる異常行動の顛末。飛浩隆「「方霊船」始末」長編『零號琴』のスピンオフ。2人の主要人物の出会いを描く。円城塔「幻字」SF大賞受賞作『文字渦』に含まれる一編。横溝正史風猟奇殺字事件の、文字的な真相とは。長谷敏司「1カップの世界」長編『BEATLESS』の前日譚。22世紀に目覚めた冷凍睡眠者が知る、自身の社会的地位の意味。高野史緒「グラーフ・ツェッペリン夏の飛行」そんなはずがないのに、主人公は子どものころにツェッペリン飛行船を確かに見た憶えがあった。アマサワトキオ「サンギータ」(第10回創元SF短編賞受賞作) 近未来のネパール、剣の腕を見込まれ女神の護衛に抜擢された男の運命。

 今回は電子書籍のみのアンソロジイ『万象』(斉藤直子、西崎憲)と、これも電子のみのkindle single(藤井太洋、高野史緒)から各2編が選ばれている。水見稜はワセダ・ミステリ・クラブの記念誌から、田中啓文は朗読原稿から、坂永雄一は同人誌から採られている。古橋秀之は短編集『百万光年のちょっと先』に書き下した作品。

 創元のSFではおなじみ「リヴァイアさん」や「レオノーラの卵」などの純文系奇想小説、ロボットをAIで祭り上げるのではなく人の問題に帰着させた「おうむの夢と操り人形」、答えのない不気味さをはらむ「東京の鈴木」などが印象に残る。それ以外の多くの作品も、2018年に話題を呼んだ単行本や作家から広く採ったと分かる並びだ。「アルモニカ」は掲載誌の性格上、この機会がなければ、読者には知りえなかった作品と思われる。

 『虚構機関』の対象となった2007年と比べても、2018年のSFフィクションの出版点数は300冊余とそれほど変わっていない(当時とはラノベのカウント方法に異動があるので、同じ基準で見た場合)。ただ傑作選の収録元となる媒体は大きく変わっていて、SF専門誌47%→19%、文芸誌33%→12%、アンソロジイ・短編集20%→25%、電子書籍・同人誌0→44%と(%にはコミックと新人賞は含めない)、プロ雑誌が衰退し電子書籍などの非出版社系が大きく伸長している。一般読者にはますます見え難い、拡散した状況になったといえる。同人誌はコミケ/フリマ等に行けないと買えないし、電子書籍はアナウンスを見逃すと気が付かない。そういう意味でも、未知の分野を網羅/分担する新たな傑作選の登場が待たれる。


2019/9/8

宮部みゆき『さよならの儀式』(河出書房新社)

宮部みゆき『さよならの儀式』(河出書房新社)

装画:みっちぇ(亡霊工房)、装幀:川名潤

 ミステリ作家宮部みゆきは『蒲生邸事件』(1996)で第18回日本SF大賞を受賞し、SFやファンタジイ作品も多く書いている。しかし、短編集としてまとまったものは、過去に『チヨ子』(2011)があるくらいで目立たなかった。本書は《NOVA》など、主に大森望系SFアンソロジイに掲載された8編をまとめたものである。

 母の法律(2018)新しい法の下、養子として育った主人公には何の不満もなかったが、あるきっかけによって隠された事実を知る。戦闘員(2014)妻も他界し独居となった80歳の老人は、日課のウォーキングの最中に奇妙な監視カメラを見かける。わたしとワタシ(2018)中年のわたしの前に、タイムスリップした30年前のワタシが現れる。さよならの儀式(2013)恐ろしく旧式のロボットを引き取った技師は、持ち主だった若い女性から難しい要望を聞く。星に願いを(2016)流星が落ちたあと、妹の体調はどんどん悪くなっていく。町では不穏な事件も発生、関係はあるのだろうか。聖痕(2010)調査事務所を訪れた依頼人は、過去に起こったある少年犯罪について相談を持ち掛ける。海神の裔(2015)明治時代、小さな漁村に屍者を乗せたボートが流れ着く。保安官の明日(2011)平穏な小さな町で任務に就く保安官の下に、誘拐事件発生の知らせが届く。

 最初期の作品「聖痕」はSF映画からインスピレーションを得たものだが、小説としてはサイコパスものと読めるまとめ方だった。「保安官の明日」ではそれが電脳空間的になり、「さよならの儀式」になると未来社会の暗部を垣間見せるところまで進む。一方「戦闘員」では独居老人、「星に願いを」はいじめ問題、「母の法律」は家庭内暴力など、今日的な社会問題をSF設定の中にうまく取り込んでいるようだ。

 何れの作品も宮部みゆき流の、リアリティのある人物が丹念に描き込まれている。とはいえ、この「リアルの重み」が作品全体を律しているのは良し悪しでもある。例えば「マザー法」の本質、奇妙な侵略者がいったい何をしようとしているのか、タイムスリップは何もトラブルを引き起こさなかったのか、などのSFならではの解決/解釈が前面に出てこないからだ。その点、表題作「さよならの儀式」は、主人公と持ち主女性のエモーショナルな部分(思いやりを欠いた言動、慣れ親しんだロボットに対する悲哀)、近未来の社会的な状況(貧富の入り混じった、必ずしも幸福とは言えない未来)とがうまく絡み合った絶妙な作品といえる。


2019/9/15

ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る(上)』(竹書房) ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る(下)』(竹書房)

ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る(上下)』(竹書房)
Early Riser,2018(桐谷知未訳)

カバーイラスト:げみ、カバーデザイン:坂野公一(welle design)

 7月に出た本。翻訳が途絶えてしまったが《文学刑事サーズディ・ネクスト》で知られる著者の最新作。文学刑事もそうだが、著者は別世界の現代を舞台とする作品をよく書く(来年翻訳予定の《ドラゴンスレイヤー》では、異世界ファンタジイと現世的な騒動とが混ざり合う)。SF的なリアリティを重視するのではなく、ファンタジイ/スラップスティック色を強めた「夢の現実」を好むようだ。

 養育院出身の主人公は、マザーの反対を押し切って冬季取締官の見習いとなる。舞台は独立国家である21世紀のウェールズ。しかしこの世界では、冬季の気温は氷点下40度以下にまで低下する極寒になる。それを乗り切るため、人々の大半は専用の睡眠塔で冬眠に就く。しかし、目覚めに失敗すると、ナイトウォーカーと呼ばれるゾンビ状態となる危険性があった。体は健康でも、意識が戻らず命ぜられるままに動く操り人形状態になるのだ。主人公は一人のナイトウォーカーを取締局へと護送中に、不可解な事件に巻き込まれる。主人公はやがて、奇妙な夢を見るようになる。それは、真夏の海岸で見知らぬ恋人と砂浜に横たわる夢だった。

 人口の99.9%が冬眠する世界、人々は冬眠に備えて日々脂肪を蓄える。体内備蓄が足りないと目覚めなかったり、ナイトウォーカーになってしまうからだ。冬眠のための薬は必須で、一手に扱う製薬メーカ・ハイバーテックには大きな既得権があった。冬季の秩序を巡って取締局とメーカは、相互に不信感を抱き争い合っている。

 ただ単に氷河期が来た世界ではない。オスマントルコとの戦争が、いまだに/最近まで続いているらしい。連合王国はすでに/もともとなく、イングランドとウェールズは別の国(著者はイングランド生まれ、ウェールズ在住)で、かつての英国貴族は犯罪者となるほど没落している。登場人物も個性的な面々、取締局局長とメーカの保安部長(詳細はお読みください)を筆頭に、貸付屋、便利屋、眠らせ屋などなど得体の知れない職業の小悪人たちが登場、バンビとかサンパー、シュタンパーシュレックとかの聞きなれない銃器が出てくる。テクノロジイも現在とは違う。原子力暖房がある一方、シリンダーと呼ばれるエジソン時代の録音器具(蝋管)が重要な役割を果たしたりする。

 物語の中に出てくる伝染性の夢では、インスパイアされたウェールズの現実の風景(タルガース周辺)が出てくる。主人公は夢の女性に惹かれるのだが、やがてその女性が現実に存在することを知る。夏は夢のなかだけに出てきて、主人公が動く舞台は冬である。設定は逆ながらマイクル・コーニイ『ハロー、サマーグッドバイ』との類似性を指摘する感想もある。ただ最初に書いたように、本書の世界は(夢なのだから)現実感がない。この世界の経済がどうなっているのか、工業技術がどうなっているのか、そういった形而下的な整合性はあまり重視されていない。その代わり、著者の住むウェールズの風景というリアルがアンカーとなって、物語がふわふわと逃げてしまうのを抑えているのだ。


2019/9/22

チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』(竹書房)

チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』(竹書房)
The Paradox Men,1953(中村融訳)

コラージュアート:Q-TA、カバーデザイン:坂野公一(welle design)

 近年出た翻訳SFの中で『危険なヴィジョン』を凌ぐ「幻」の一作となると、本書ぐらいしかない。スケールの大きなSFに対する評言として、時に耳にする「ワイドスクリーン・バロック」はブライアン・オールディスが、本書を紹介する際に作った造語なのである。

 いつになく力の入った版元のプロモーションにも、オールディスの言葉が引用されている「プロットは精妙で、たいてい途方もない。登場人物は名前が短く、寿命も短い。可能なことと同じくらい易々と不可能なことをやってのける。それらはバロックの辞書的な定義にしたがう。つまり、すばらしい文体よりはむしろ大胆で生き生きとした文体をそなえ、風変わりで、ときにはやり過ぎなところまで爛熟する。ワイドスクリーンを好み、宇宙旅行と、できれば時間旅行を小道具としてそなえており、舞台として、すくなくとも太陽系ひとつくらいは丸ごと使う」(1964年の復刊序文に寄せられたもの)。

 22世紀、地球は女王を戴くアメリカ帝国と東方連邦という覇権国家に支配されている。帝国内では宰相が権力を握り、政治は寡占化され腐敗している。反逆者グループ〈盗賊〉は彼らから金品を奪い奴隷解放資金としていたが、その一員である主人公はなぜか自身の記憶や過去が不明瞭なのだった。彼は保安大臣率いる帝国警察や、怪しげな心理学者に追われ、月基地や太陽表面のステーションへと逃走していく。

 訳者の意向で先入観なしに読むべしとあって、あとがきにも内容についての言及がほとんどない(本書が、英米でどう評価されてきたのかの経緯が主体)。とはいえ、全く情報なしでは途中で話が追えなくなりそうなので、簡単に人物をまとめておくと、記憶の不確かな主人公の〈盗賊〉アモールが主人公、それに行方不明の大科学者ミュールの元妻で現宰相夫人ケイリス、悪徳宰相ゴーント、拷問を厭わない心理学者シェイ、残虐な保安大臣ターモンド、なぜかサーカス芸人から怪しい預言者となったマインドなどなどが出てきて、アモールが隠す秘密をめぐって争い合う。さらに超光速飛行する宇宙船、負時間による逆転、加速化/加集中を使った超能力、トインビー学派に非アリストテレスも登場する。

 初めて発表された1953年当時、本書はヴォクトの亜流にすぎないとあまり評価されなかった。破天荒な筋書からそう見られたのだろう。非A(アリストテレス)の思想や、(アーノルド・J)トインビーの歴史観(日本でも60−70年代に持て囃された)などもおそらく当時の流行なのだ。ただ、生硬な文章は内容にあっているし、破天荒だがでたらめではない。やり過ぎは、読み手の意表を突くだろう。著者がどこまで意図的だったかは分からないが、崩れそうで崩れない、ぎりぎりで成り立つ絶妙さはある。

 ハーネスの翻訳書は、この他に旧サンリオ文庫から出た『ウルフヘッド』(1978)しかない。これは一時休筆していた著者が満を持した冒険SFながら、残念なことに破天荒さがすっかり失せてしまっていた。分かりやすい話となると、類作が他にも多数書かれている。それだけに、本書は奇跡的な作品なのだ。現在でも、SF的仕掛けがエスカレーションする『三体』が一般読者層にあれだけ受容されるのだから、こういう先が読めない原初的SFも(マニア以外に)受ける可能性がある。


2019/9/29

小川哲『嘘と正典』(早川書房)

小川哲『嘘と正典』(早川書房)

装幀:早川書房デザイン室、Universal History Archive/Getty Images

 第38回日本SF大賞と、第31回山本周五郎賞を『ゲームの王国』で受賞した著者の最初の短編集である。収録作中前半の4作はSFマガジン掲載、中編の表題作は書下ろし。

 魔術師(2018/4)かつて一世を風靡したマジシャンが挑む、大仕掛けのマジックの秘密。ひとすじの光(2018/6)戦前から連なる名馬の血統は、意外なところで主人公と結びつく。時の扉(2018/12)ある王に対し語られる3つのエピソードが暗示するもの。ムジカ・ムンダーナ(2019/6)かつて音楽を断念した主人公は、父親の遺品の中に奇妙な録音テープがあることを知る。最後の不良(2017/11)すべての流行が廃れた時代、過去のカルチャーに身を包んだ抗議者たちは過激なデモに走る。嘘と正典(書き下ろし)モスクワ駐在のCIA工作員は一人の技術者から驚くべき情報提供を受ける。

 「魔術師」に登場する老齢のマジシャンは母と離婚し疎遠となった父親である。「ひとすじの光」では、父親の遺品を整理する中で、勝てない無名馬の馬主だったことを知る。「ムジカ・ムンダーナ」は、父にスパルタ教育を受けて一度は音楽を捨てた主人公が、父の遺品にあった音の由来を探る物語だ。マジック、競馬、音楽とテーマは異なるが(意図的にか実験的にか)父親の動機を尋ねるという設定で共通している。これらは山本周五郎賞を受賞した著者にふさわしく、どの文芸誌で読んでも問題ない王道エンタメ小説だろう。

 SF的な面から見たテーマ、(帯の惹句に書かれた)「歴史」と「時間」についてはどうか。「時の扉」はゼノンのパラドクスをキーにして、最後に王の正体を明らかにする。「嘘の正典」では反重力場を生成する装置が、思わぬ副次的な機能を持つことが明らかになる。ただ前者では、ゼノンのパラドクス(時間は連続的なのか離散的なのか)をせっかく取り上げながら、エピソードとの関連性がやや希薄。後者でも、タイムパラドクスを扱った既存時間もの(何らかのメッセージを過去に送る話は多い)と比べて新規性が気になる。

 リアリティという面から読むと、父親捜し3作品はとても精緻に作られている。ありそうにない偶然の結びつきが、物語の結末に有機的に絡まってくる。一方表題作の場合、ソビエトで開発された静電加速器、過去の改変、正当な歴史=正典、守護者の存在など現実にないガジェットと、冷戦下のエスピオナージュ部分(感情的な恨みを持つCIA職員と、論理的な理由からスパイとなる技術者とのやり取り)とがうまく融合していないように思える。まるで『パラドックス・メン』に出てきそうなクラシックSF部分と、マルクス・エンゲルスの生んだ現実の重みとが分離して見える。