【国内篇】(刊行日順:2006年11月-07年10月)
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森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(中央公論新社) 前作で、“森見京都3部作は完結”と感じたけれど、本書を読んでますますそう思えてきた。というのも、この作品は『太陽の塔』と全く同じ位置にあるからだ。一周回って同じ場所に還ってきたのである。ただし、『太陽の塔』とテーマが同じでも、よりディープに掘り下げられている… |
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野尻抱介『沈黙のフライバイ』(早川書房) 5作の短編を収録した作品集である。デビュー後15年目で初の短編集となったわけだが、著者はもともとライトノベル系の書き下ろしを中心として活動してきた。短編自体が少ないのだ。ノンフィクション・ライターの松浦晋也は、野尻SFの主人公たちは「構えていない」と指摘している。言い換えれば淡白だということになる。その代わり、目的がぶれることはない… |
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最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社) 著者は、主に科学技術やスポーツ関係の著作を得意としてきたノンフィクション・ライターである。中では『あのころの未来―星新一の預言』という作品で、ショートショートに秘められた星新一の洞察力や文明批評の精神を再評価してきた。その取材以後、星新一が遺した膨大な資料類の中から、著名人だった父・祖父・自身の生涯と、黎明期のSF関係者、出版関係者たちとの交流を知ることになり、その成果を集大成した評伝が本書になる… |
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円城搭『Self-Reference ENGINE』(早川書房) 本書はプロローグとエピローグに挟まれた18の短編から構成されている。未来から撃たれた女の子、蔵の奥に潜むからくり箱、世界有数の数学者26人同時にが発見した2項定理、あらゆるものが複製される世界、究極の演算速度を得た巨大知性体、謎に満ちた鯰文書の消失、無限の過去改変が可能な世界での戦争、祖母の家に埋められた20体のフロイト、宇宙を正そうとする巨大知性体たちの戦争、巨大知性体を遥かにしのぐ超越知性体の出現… |
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菅浩江『プリズムの瞳』(東京創元社) 本書は、東京創元社の雑誌「ミステリーズ!」に連載されていた(2003年創刊から4回、中断後05年6月から06年10月号まで隔号5回)連作短編9編を1冊にまとめたものである。専門分野に特化し、人間を凌駕する性能を有したプロフェッショナル・ロボット(ピイ)たちは、しかし社会には受け入れられず、今では画家として放浪するのみ。彷徨の中でさまざまな人間たちが、感情を持たない彼らを媒介として思いを吐露していく… |
【コメント】
もはや国民作家となった(ただし舞台は京都限定)森見登美彦の完成形が第1の収穫。野尻抱介はハードSFの精髄、最相葉月は、星新一という「誰でも知っている作家」の「誰も知らなかった一面」を明らかにした傑作ドキュメンタリー。菅浩江は他の作家では書けないロボットもの。次点では、円城塔と並ぶ伊藤計劃『虐殺器官』の完成度が高く、新鮮な印象を与えてくれる。北野勇作『ウニバーサル・スタジオ』も非常にユニークな“大阪”を描いて注目される。
【海外篇】(刊行日順:2006年11月-07年10月)
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グレッグ・イーガン『ひとりっ子』(早川書房) イーガンの踏み込んだテーマ、人間の“心の奥底に対する科学的解釈”は、化学作用と感情の関係といった狭い分野を超えて、量子論と人間の運命という、ある種宗教的な領域に近づいている。だからこそ、「オラクル」のようなお話が書かれるのだろう。表題作「ひとりっ子」も、人工知能と人間の区別がつかなくなりつつある未来に、生物的な子供ではなく(夫婦の遺伝子情報を使った)人工知能を子供にしようとする男女を描いている… |
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スタニスワフ・レム『大失敗』(国書刊行会) 『天の声』では、宇宙から届く声が意味をもつものか単なるノイズなのかが考察されたのだが、20年後の本書の場合は明確に“異星文明”が登場する。異星に向かって物語が放たれるエピソードは『ソラリス』の結末のようでもある。しかし、恒星船の乗員が取る恐るべき“暴力”は(理性を信奉するレムからすれば)、これまで書いたことのない内容だ。人類の原罪を象徴するものといえる… |
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クリストファー・プリースト『双生児』(早川書房) |
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ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』(早川書房) スペシャリストの帽子』(2001)に続く、ケリー・リンクの第2短編集である。ケリー・リンクは、出自から見ると純粋のSF畑のように思えるが、中身は少し違っている。たとえば、芥川賞作家の川上弘美がお茶の水女子大のSF研出身だったという程度の類似性はあるかもしれない… |
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ジェームズ・ティプトリー・ジュニア『輝くもの天より墜ち』(早川書房) 銀河辺境の星ダミエムは、悲惨な過去を持つ惑星だった。抽出された体液が巨万の富を産み出す源と判明した結果、知性を持つ美しい妖精のような現住生物たちが情け容赦なく虐殺されたのだ。今では厳重に封鎖され保護惑星となった世界に、ノヴァ爆発のオーロラを見物するため、選ばれた訪問者たちが数年ぶりに訪れる。10代の俳優男女2組と監督、ベッドで昏睡したままの妹と富豪の姉、少年領主、彫刻家、元教授、研究者、間違って下船した水棲人、そして出迎える3人の駐在保護官。しかし、今にも上空を覆う光の乱舞を前に、彼らを揺るがす陰謀が進められていた… |
【コメント】
ベストに入ったレムやティプトリーは、それぞれ作者の転機となった重要な作品。プリースト、リンクは代表作といえる。ベスト外では、まず伝説の奇書《イルミナティ三部作》(シェイ&ウィルスン)や、翻訳不可能といわれた『ゴーレム100』(ベスター)は、出たこと自体に意義がある。その他、台湾のSF作家張系国の『星雲組曲』、キャロル・エムシュ『すべての終わりと始まり』など珍しい短編集も収穫だろう。