【国内篇】(順不同)
古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店) アラビアンナイトという言葉どおり、ここで語られるのは、語り部が夜毎に紡ぎだす3つの物語である。ナポレオン襲来で、崩壊の危機に怯えるカイロの閣僚は、部下に請われるまま、読むものを破滅させる物語を、口承から文字に記録させている。その物語とは… |
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野尻抱介『太陽の簒奪者』(早川書房) 野尻抱介は、ハードSFという観点で、SFコアとしてもっとも重視されるべき作家である。同題の短編(1999)とは、しかし、印象が異なる作品に仕上げられている。崩壊する世界、一致団結する人類に対する、異星のとてつもないテクノロジー。閉塞感が立ち込める中で、密かにコンタクトを夢見る主人公の心情と、悲壮感の漂うミッション… |
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小林泰三『海を見る人』(早川書房) 本書はハードSFを標榜しながら、どこかファンタジイの薫りを漂わせている。同じ匂いの根源は、世界構築に対する執念の共通性ではないだろうか。どんな小説でも、 単純な空想だけでは世界構築はできない。何らかの世界律(世界を創りあげる上でのルール)が必要になる。ありふれたルールでは、“驚くべき世界”は生まれない… |
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飛浩隆『グラン・ヴァカンス』(早川書房) 数値海岸――そこは、仮想空間に構成されたリゾートである。“長い夏休み”と名付けられた区界は、永遠の夏にまどろむ港町を演出する。しかし、千年もの間、ここを訪れた観光客はいない。一体、数値海岸の外では何が起こっているのか。なぜ、彼らの世界が維持されているのか。そんなある日、一人のAIが、風景の“綻び”に気がつく… |
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瀬名秀明『あしたのロボット』(文藝春秋) 作品は、短い挿話を挟んで、オムニバス風に組み立てられている。各タイトルはSFの古典を思わせる。内容はSFの重要なテーマであった“ロボット”と、それに関わる人々との接点を描いている。 ただし、著者はロボット自体をテーマにしたわけではない。本書の主人公は、“インターフェース”なのである… |
【コメント】
『太陽の簒奪者』は、SFファンが“否定できない”SFコアという意味でベストワンの有力候補(評者としては短編版の方を好みますが)。そのコアにファンタジイの要素を組み込んだ『海を見る人』、『グラン・ヴァカンス』は、古典的な設定を新鮮に感じさせる魅力がある。一方『あしたのロボット』は、人間の感性からコア(この場合はロボット)を観測するという、著者の観点の集大成的作品。次点に『サムライ・レンズマン』、『ウロボロスの波動』がはいる。
【海外篇】(順不同)
ニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』(早川書房) 22世紀の中国上海に現出した、19世紀の世界。そんな世界、ある技術者が、貴族階級の重要人物から、孫娘のために知能を持った本を作るよう命じられる。その本は、不法にコピーされ、貧民階級の1人の少女に届けられてしまうが… |
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マイケル・ムアコック『グローリ・アーナ』(東京創元社) もう1つの大英帝国、といっても、本書の本質が架空歴史ものにあるわけではない。ロンドンに作られた大迷宮=重層的に築かれた王宮を舞台に、処女王ならぬ淫蕩にふける王女と、表面的な平和の裏で暗躍する悪漢との、権謀術数を描いた宮廷ファンタジイといえる… |
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山岸真編『90年代SF傑作選』(早川書房) |
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エドガー・パングボーン『デイヴィー』(扶桑社) 限定核戦争と、その後の生物兵器戦により、世界は分断され壊滅する。それからおよそ300余年が過ぎ、文明はようやく中世にまで復活する。そんな旧アメリカの東海岸の一角に、少年デイヴィーが生まれ、成長し、さまざまな大人たちや恋人たちと交歓する… |
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コニー・ウィリス『航路』(ソニー・マガジンズ) 認知心理学者の主人公(女性)は、とかく神秘主義に陥りがちな臨死体験に、科学的な意味付けをしようと、体験者のインタビューを続けている。偶然、脳内の活動を画像解析する装置(RIPT)で、NDEをシミュレーションする神経内科医と知り合い、ついには自身を実験台とする… |
【コメント】
今年はスティーヴンスン・イヤーだった。賛否両論、まともに論じると欠点ばかりが目立つが、読んでいる間は抜群に面白いという、作家として議論がしやすいポジションにいる。そのような欠陥を凌駕する『ダイヤモンド・エイジ』はまずベストに挙げられる。ムアコック、パングボーンはいわば伝説の名作なので、2002年のベストとするには、やや難がある(読めただけでも幸せか)。『90年代傑作選』は昨年の『20世紀SF』の90年代との姉妹編といえる位置付け。『航路』はスティーヴンスンとは対照的(きわめてストレート)なエンタティンメントだった。