【国内篇】(刊行日順:2004年11月-05年10月)
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森見登美彦『四畳半神話体系』(太田出版) 主人公は大学の3回生、これまでのサークル活動を経て、自身の無意味な3年間を嘆いている。あのとき、別のサークルを選んでいれば、自分の運命も変わっていたに違いない。しかし、並列に並べられた3つの物語は、奇妙にも良く似た展開をたどり、ただ一点に収束していく。それこそが、主人公の住む四畳半のオンボロ下宿部屋だった… |
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山田正紀『神狩り2 リッパー』(徳間書店) 前作の主人公島津が、古代遺跡で神の文字を発見してから30年が過ぎた。神との戦いはまだ決着しておらず、人類の結束も得られていない。街では奇妙な惨殺事件が頻発し、人ではない超常者「天使」が暗躍している。事件を追う刑事、大脳生理学と情報科学による「絶対機関」と呼ばれる計算機を開発した科学者、サヴァン症の少年を脱北させるインテリ密売人、母を惨殺された被害者の娘らは、さまざまな立場から、隠れた神の存在に迫っていくが… |
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古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』(文藝春秋) 太平洋戦争でアリューシャン列島のキスカ島に置き去りにされた、4頭の軍用犬がいた。彼ら/彼女らは、米軍に捕らわれ、数奇な運命によって、米軍の軍用犬あるいは犬橇犬として世界に散っていく。ドッグイヤーの生命サイクルによって、子孫たちは末期の太平洋戦争、朝鮮戦争を戦い、やがて中国から北ベトナム、米国から南ベトナムへと渡り、あるいは南米に流れた後に、麻薬犬としてアフガンで働き… |
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小川一水『老ヴォールの惑星』(早川書房 本書から感じ取れるのは、著者の“あくまでもポジティヴ”な姿勢である。「ギャルナフカ」では、食糧が最低限満たされた地下社会で、芸術と知識があれば、地上の社会体制がなくとも人々は生きていけると説く。「老ヴォール」では知識の集積が種族の危機を救い、「幸せになる箱庭」は人の感知しえる現実の意味を問い、「漂った男」は漂流する男が何を糧に生きていくのかを問う… |
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瀬名秀明『デカルトの密室』(新潮社) チューリング・プライズは学会とAIコンテストを兼ねた大会である。生物学・進化心理学者のレナと、ロボット工学者のユウスケ、そして彼らの育てたケンイチは大会で意外な人物と出会う。10年前に亡くなったはずの天才科学者フランシーヌだ。3人は、彼女が仕掛けた巧妙な殺人トリックと、密室の罠に捕らえられる。ロボットの知能だけでなく、人の知能の意味をも問う、“デカルトの密室”とは何か。自らを変貌させたフランシーヌの正体とは何か。市場に溢れる量産擬体エージェントは、何のために作られたのか… |
【コメント】
今年はSFの大作とファンタジイとの境界作品に面白いものが多かった。あえてSF寄りでベストを選んだが、両者とも量的に充実していた。ファンタジイ主流で選ぶなら、平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』、吉村萬壱『バースト・ゾーン』、池上永一『シャングリ・ラ』、梨木香歩『沼のある森を抜けて』等が入ってくる。ノンフィクションでは、大森望『現代SF1500冊』(乱闘編/回転編)が、これまで出された類書のなかでは最大級の内容で注目に値する。
【海外篇】(刊行日順:2004年11月-05年10月)
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トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』(国書刊行会) かつて「リスの檻」(1966)が翻訳されたとき、シュールレアリズムの物まねという批判、新しいSFだと賞賛する声など、いわゆるニュー・ウェーヴ運動に伴う大きな論争が生まれた。ニュー・ウェーヴの象徴として毛嫌いする人がいる一方、ムーヴメントのホープが登場したと肯定的に読んだ人もいる。しかし、40年を経た「リスの檻」は、過去の路線論争の雑音がない分、「究極の牢獄に閉じ込められた作家の物語」として冷静に読むことができる。十分完成度が高く、純粋な一編の短編としての価値がある… |
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ジョージ・R・R・マーチン『タフの方舟』(早川書房) マーチンのオムニバス中編集である。しがないオンボロ宇宙船の商人だったタフが、偶然失われた連邦帝国の生物環境兵器<方舟>号を手に入れる。彼は圧倒的な生物科学力と商才を生かして、辺境惑星の紛争や事件を次々と解決していく。一切の表情を見せず、猫だけを友とする無毛の大男タフと、依頼者との頓智合戦がポイント。会話と展開が主眼なので、アイデアはかならずしもユニークではない… |
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グレッグ・イーガン『ディアスポラ』(早川書房) |
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アヴラム・デイヴィッドスン『どんがらがん』(河出書房新社) 「どんがらがん」が翻訳されたのは1972年、評者はこれを読んで、いったい何が書かれているのかと相当悩んだ。古代の大砲を運ぶだけの一党を使って、一儲けを企んだ男がさんざんな目に遭うという、いわばそれだけのお話なのだが、SFマガジンの諸作と比べ、あまりに異なる風合いが理解できなかったのである。この異質さ、ユニークさは今でも変わりはない。奇想作家という枠組みで、ようやく「正当に」読むことができる… |
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R・A・ラファティ『宇宙舟歌』(国書刊行会) もともとラファティのお話のベースは法螺話といわれてきた。しかし、“法螺だけ”を純粋に楽しめる作品は意外に少なく、奇想性がまず評価されてきた。その点、本書は「オデュッセイア」のお話を借りて、アメリカ流Tall Tale風にまとめられているため、まず第1に読みやすく難解さが感じられない… |
【コメント】
今年も短編集が多い。それもベスト選集になるので、SFの割合が多かったり少なかったりする。今回はSFの少ないスタージョン『輝く断片』を除いたが、選んだ作品集とレベルが大きく変わるわけではない。スタージョンは『ヴィーナス・プラスX』など待たれていた作品も翻訳された。ノンフィクションでは、レム『高い城・文学エッセイ』が作者の驚異的な少年時代を知ることができるので注目。