【国内篇】(刊行日順:2007年11月-08年10月)
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恩田陸『いのちのパレード』(実業之日本社) 本書は、早川書房の叢書「異色作家短編集」へのトリビュートとして書かれたものである。といっても明確な対象があるわけではなく、作者のイメージする“奇想”に対するオマージュによって創られている。恩田陸の見た「異色作家短編集」は、1974年に出た1回目の復刊時のシリーズだろう。シャーリイ・ジャクスンの「くじ」はそのまま「当箋者」に対応するし、それほど明らかではないが、(あとがきで言及された)シェクリイ、フィニイ、ボーモント、コリアを恩田流に解釈した作品群とみなすことも可能だ… |
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貴志祐介『新世界より(上下)』(講談社) 呪力があまりに強大すぎるため、お互いを殺傷できなくする禁忌、そのタブーを破る悪鬼の存在。人間並みの知性を持ちながら生殺与奪を人に委ねるバケネズミは、眈眈と反逆の時を探る。本書では未来社会の成り立ち(封印された過去の歴史)が精密に組み立てられており、舞台構造が物語の結末に至る伏線にもなっている。コリン・ウィルスン『スパイダー・ワールド』(1987)は、人類が蜘蛛の奴隷となって地下に棲むという設定である。虐げられた者(人間)が復讐に立ち上がる訳で、ちょうど本書の裏返しとなっている… |
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平谷美樹『ヴァンパイア 真紅の鏡像』(角川春樹事務所) これまでの著者の作品との最大の相違点は、“性”(セックス)に対する描写にあるだろう。ブラム・ストーカー以降、近代的なヴァンパイアの吸血行為は、性行為の暗喩として使われてきた。SFでも、例えば半村良『石の血脈』(1971)などで、セックスと不死性とは相互に深い関連性を見せる。お話はジャーナリストを狂言回しに、吸血鬼と呪われた少女との出会い、日本に招き寄せられた吸血鬼と下僕とされた人々が巻き起こす大量殺人、アンチエイジングを売り物にする製薬会社の拠点(東欧の古城)での戦いと、大きく3部に分かれている。3つを貫くのは、小学生から大人になる中で、すべてを失い、非人間的な復讐に駆り立てられていく少年の物語である… |
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高野史緒『赤い星』(早川書房) ロシアを舞台にした著者の長編には『ヴァスラフ』(1998)がある。本書にも登場するニジンスキーをモチーフにした作品だ。本書でそれと同じ関係にあるのが、ペテルブルグなのである。ピョートル大帝がネヴァ川河口に建設した、西洋的で巨大な人工都市は帝政ロシアを象徴する存在と言える。いつものように、著者の異世界ものには、さまざまな矛盾が(意識的に)組み込まれている。この世界は、近未来であるようにも(ソ連の時代、東京時代が過去にあったことを匂わせている)、並行世界のようでも(矛盾した史実)、果ては仮想世界であるかのようにも読み取れる… |
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山田正紀『神獣聖戦 Perfect Edition(上下)』(徳間書店)
未来、人類は宇宙船を使わない航法を行うことのできる“鏡人=狂人”と、対抗する“悪魔憑き”の2陣営に別れ、戦争を続けている。戦いは時空を超え、人類の遍く世界を荒廃させていた。その時間的起点に2人の男女がいた。本書は、2人に関係する人物の物語が、さまざまに語りなおされるというスタイルで作られている(同じ名前の登場人物なのに、経歴や性格が微妙に異なる)。およそ25年前の作品、当時の精神医学や認知論がそのまま現代に敷衍されている。これには、ちょっと不思議な印象を受ける… |
【コメント】
定評作家の異色作を中心に選んだ。その他、日下三蔵の架空全集『日本SF全集・総解説』は、今年になって本当の全集(短編集)を生み出すという波及効果を呼んだ。波及という意味では、二〇〇七年ワールドコンの作家クラブレポート『世界のSFがやって来た!!』、企画内容と小説をコラボレーションした『サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来』が出たのも注目。また、創元推理文庫の復刊シリーズ中では、眉村卓《司政官シリーズ》が大きく支持された。
【海外篇】(刊行日順:2007年11月-08年10月)
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イアン・R・マクラウド『夏の涯ての島』(早川書房) 英国作家イアン・マクラウドの作品は、これまで「SFマガジン」や山岸真の『90年代SF傑作選』(2002)などで散発的に紹介されてきた。という段階では、分かりにくかった作者の全体像が、本書でようやく見えるようになったわけだ。特に類作ではあまり書かれることのない、家族や男女関係が際立つ。幽霊のような夫と家族(「帰還」)、不定形の家族関係(「わが家の…」)、戦争の影を曳く関係(「チョップ・ガール」)、姿を変えて飛翔する恋人との関係(「ドレイク…」)、同性愛(「夏の涯ての島」「転落のイザベル」)、大人になっていく少女から見た恋(「息吹き苔」)と、多彩だが割り切れないストイックな関係という共通項がある… |
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ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』(河出書房新社) 400頁余りに、60年代後半から80年代前半までの23編が収められている。SF、ミステリ、ホラーとテーマはさまざまで、どれもごく短い。しかし、全般を通してスラデックの観点には共通項がある。既存の体制/偽者に対するパロディ的な内容が多いが、ユーモア/諧謔というより冷笑的な否定/皮肉が強いのである。例えば、末尾の「不安検出書(B式)」には、作者が感じている現実に対する神経症的な不安感が色濃く表れており、本書を象徴する作品といえる。国書刊行会から、初期の傑作『ミュラー・フォッカー効果』(1970)が出るとも聞いているので、マッドSF作家の本領が明らかになる日も近い… |
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クリストファー・プリースト『限りなき夏』(国書刊行会)
プリーストの日本での紹介は『スペース・マシン』(1976)→78年翻訳、『ドリーム・マシン』(1977)→79年、『伝授者』(1970)→80年、『逆転世界』(1974)→83年という順番だった。当時は、『逆転世界』の設定(巨大都市が“最適線”に沿って移動する)が強烈で、ハードSF/数学SFの一種と思われていた。しかし、実際のプリーストの関心は、むしろ「リアルタイム・ワールド」に見られる“現実と幻想の相関関係”を描くことにある。改めて本書を読むことで、作者の意図が分かるようになる… |
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コニー・ウィリス『マーブル・アーチの風』(早川書房) 今回の短編集でも著者特有のユーモアが冴える。恐竜と古生物学者、侵略者と礼儀正しい人、インチキなはずの憑依霊の正体…などは、自己矛盾そのもので、ウィリス的な視点の面白さが楽しめる。一方の表題作は、生死の問題(この意味は本書をお読みください)をまったく別の観点で問い直した秀作。ロンドンの地下鉄と、地下鉄特有の吹き下ろしてくる風だけから、こういう意外な結びつきが生まれるのがいかにもウィリスらしい… |
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ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』(小学館)
著者はスティーヴン・キングの次男(長男も作家)。デビュー後定評を得るまで、その事実は隠されていた。今ではオープンになっている。とはいえ、A・E・コッパード賞「うちよりもここのほうが」、国際幻想文学賞「自発的入院」、ブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞、ブラッドベリ奨励金「二十世紀の幽霊」、ブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞「年間ホラー傑作選」、「ポップ・アート」は映画化、この作品集自体は国際ホラー作家協会賞を受賞するなど、巨匠の息子という範疇を超えた活躍をしているので、あまり意識する必要もない。下品なユーモアのセンスが似ていなくもないが、全般的に全く異なる作品集といえる… |
【コメント】
今年は短編集ばかり、しかも全部を日本オリジナルか日本特別版(ボーナストラック付)から選んだ。マクラウドは再評価、スラデックは再発見、プリーストは待望、ウィリスは定評、ヒルは新鮮といったところか。長編ではマッカーシーのピュリッツアー賞『ザ・ロード』、ブロックマイヤー『終わりの街の終わり』という周辺作品、またウィルスンのヒューゴー賞『時間封鎖』、マクデヴィットのネビュラ賞『探索者』などが注目される。