第10回創元SF短編賞(2019)にて「飲鴆止渇」で優秀賞を受賞、第3回ゲンロンSF新人賞(2019)でも、「バックファイア」(改題し本書収録)を優秀賞で受賞した著者の初作品集である。紙版としては初だが、他にも本書の版元である破滅派から電子書籍で多くの中短編を出している。
ギークに銃はいらない(2018):主人公はカリフォルニアに住む冴えない高校生。ハッキングを武器にネットを暴れ回るギークに憧れている。ITについては無知だったが、何とか学校のシステムに侵入することに成功する。しかし、そこで意外なものを見る。
眠れぬ夜のバックファイア(2019):In:Dreamとは睡眠を快適にするためのデバイスだ。医学的に認められ、実績もある反面、個人ごとの手厚いサポートが必要になる。ある日、サポートに掛かってきた通話は、はじめは穏やかなものだったが、そのユーザーの眠りはノーマルとはいえなかった。
春を負う/冬を牽く(2016):(2部に分かれた長中編)つかの間の春と、厳しい冬が交代する世界。山深い村と麓の村との間を旅する交易びとの話を聞きながら、一人の少年が成長する。やがて、代替わりの儀式が行われ、若いチェギ・ルト=村長の地位に就くのだ。
表題作は、ITの専門家である著者が(平易な注釈付きの)用語を交えて語る青春ドラマ。友人やガールフレンドと共に、ナードからギークへと変わっていく(かもしれない)物語だ。最後の2作品は、異星を舞台とした長い中編である(合わせて250枚ほどある)。異世界の過酷な自然、そこに住む住民たちの生活や特別な風習が描かれる。ル=グウィンを思わせるとあるのは、そういう文化人類学的な切り口を指すのだろう。奥地にある禁断の山の秘密は、そのまま世界を成り立たせる秘密へと結びついていく。
この中では「眠れぬ夜のバックファイア」が印象に残る。ゲンロン新人賞を改題したこの作品は、In:Dreamというテクノロジーガジェットをキーにしながら、眠れない登場人物の過去に絡む心理的な深淵をかいま見せる力作。眠りを妨げる要因が明らかになる過程が面白い。もう少しガジェットとの関わりが描かれていれば(SF的には)ベストだったろう。
- 『枝角の冠』評者のレビュー