昨年『最後の宇宙飛行士』が好評だった著者の最新長編である。前作と同様ホラー味の濃い作品となっている。一見パンデミックもののようで、実はもっと観念的な病(バジリスクと呼ばれる)が描かれた作品だ。
防衛警察の警部補は、通信が途絶した植民惑星パラダイス-1の調査を命じられる。宇宙船には民間パイロットと医師、AI(姿を自在に変えられる)がチームとして同乗する。だが、目的地の軌道上には無数の宇宙船がすでに周回しており、警部補らの活動を妨害しようとする。いったい何が起こっているのか。
防衛警察の前局長は強権を振るう独裁者だった。警部補はその娘で、現在の局長とは折り合いが悪い。母親は引退し、パラダイス-1で快適な生活を送っているはずだった。医師はタイタンで起こったパンデミック唯一の生き残りである。生存理由は不明ながら、何らかの免疫を持っているらしい。パラダイスでは同じ病が蔓延しているようなのだ。
見るだけで感染する伝染性の言葉、人を狂気に駆り立てる観念といえば、伊藤計劃『虐殺器官』が有名だ。それほどの大テーマではないが、本書は登場人物の個人的な記憶(タイタン壊滅に起因するPTSDとか、警部補の家庭内での精神的抑圧とか)という部分で、今日の問題に(いくらかは)つながっている。
謝辞によると、本書のプロットやキャラクタは出版社(オービットUK)内のグループで創案されたようだ。果てしなく続くどんでん返し=危機また危機の連続は、一貫性よりも意外性に重点が置かれている。チームワークでアイデアを出し合った結果だろう(ネット系シリアルドラマ風でもある)。
念のために書いておくと、本書は三部作の第1部(1巻目)にあたる。第2部(今夏刊行予定)の翻訳が出るのは早くても年明けになると思われる。軌道上の何百隻もの宇宙船、閉鎖された惑星上の住民の行方など、謎は残されたままだ。
しかし、本書を読んで思い出すのは、宇宙を光よりも早く伝播する呪詛通信を描く田中啓文の「銀河を駆ける呪詛」。どちらもグロさが際立つホラーという共通点がありますね。
- 『最後の宇宙飛行士』評者のレビュー