マット・ラフ『魂に秩序を』新潮社

Set This House in Order,2003(浜野アキオ訳)

カバー:Diana Lee Angstadt/Getty Images

 新潮文庫の《海外名作発掘シリーズ》から出た本。本書は原著が2003年なので古典というにはやや新しく、アザーワイズ賞(旧ティプトリー賞)を受賞したといってもマイナーな作品だろう。その分、2分冊~3分冊にすべきところを1冊にする(新潮文庫最厚を謳う)など、編者の強い推しを感じさせる。マット・ラフはエンタメ作家でありながら、ジャンル小説(ミステリ、SF、サスペンス、ノワール、ホラー、ジェンダーなど)の枠組みを意図的に逸脱している。しかも、本書では登場人物自体が「はみ出して」いるのだ。

 ぼくはシアトルの東にある小さな町で下宿している。父たちとも同居しているのだが、そこは下宿(リアルの住居)とは別にある「魂の家」(原題のHouse)なのだ。一階は素通しの大部屋、二階には観覧台があり、コの字型の回廊沿いにたくさんの同居人たちの部屋が並んでいる。ただし、父も同居人たちもすべてがぼくだった。

 症状のため定住が難しかった主人公は、なんとかソフトのベンチャー企業に職を得る。女社長が理解してくれたからだ。そこにもう一人、同じ問題を抱えた女性が加わる。ただ、彼女の症状は安定していなかった。やがて、登場人物たちの過去が徐々に明らかになっていく。

 多重人格をテーマとしている。いわゆる多重人格障害(MPD)は、現在では解離性同一症 / 解離性同一性障害(DID)と記すべき症例である。あえて旧表記とする理由、分離した人格を(断片と考えるのではなく)「魂」とする理由は著者自身が書いたQ&Aで述べられている。そもそも、原著の副題が A Romance Of Souls なのだ。本文中にも言及があるが、ビリー・ミリガンのような多重の人格を、その当人の視点で描いた作品である。第1部(全体の3分の2)では、主人公と女性(その多重人格)、女性社長、下宿の管理人などそれぞれの暗部が語られ、第2部では大本となった事件の真相を探るサスペンスとなる。後半はちょっと駆け足か。

 本書は分厚すぎ(重すぎ)、と躊躇されるかもしれない。それならば、13年後の作品でドラマ化された『ラヴクラフト・カントリー』(600ページとやや薄い)もある。テーマは全く違うが、社会問題を巧みに織り込む技法はより進化していて物語のバランスも良い。