リリア・アセンヌ『透明都市』早川書房

Panorama,2023(齋藤可津子訳)

扉イラスト:トウナミ
扉デザイン:大原由衣

 フランス作家リリア・アセンヌは、ジャーナリスト出身でジャンル小説の書き手ではないが、本書は新フランス革命後の近未来(2049~50)を描くSFミステリである。透明なガラスで囲われたシースルー住宅が登場する。ガラスの住居といえば、ザミャーチンの古典『われら』を思い出す。そこでは国家による監視のために(刑務所と同様の)透明性=隠し事のなさが要求される。だが、本書で描かれるのは「市民による透明性」なのである。

 革命から20年後、新興富裕層が住む透明なガラス住宅の並ぶ地区で、家族全員が行方不明となる事件が起こる。主人公は警官だったが「安全管理人」と称され、地区の見守りをするのが仕事だった。透明化後は、犯罪やもめごとが激減していた。しかし、肝心の安全性が脅かされるとなると、現体制そのものに疑念が生じかねない。主人公は同僚とともに各地区を巡り、さまざまな家族の話を聞きながら、事件の真相を究明する。

 DV絡みの殺人事件を契機に、私的制裁「復讐の一週間」と「市民による透明性」運動が国中を席巻する。それが新フランス革命である。政治家は廃される。あらゆる問題はネット投票によって決められる。究極の姿が透明な住宅だった。暗がりがなく、すべてが見られるからこそ社会の安全が保証されるのだ。一方、旧来ながらの壁が残る地域もある。主に貧困層が住み、犯罪が起こっても警察は介入しない。無法地帯だが、地区から出ない限り住民のプライバシーは保たれる。

 4年前に翻訳が出たフランスのマルク・デュガン『透明性』や、アメリカのデイヴ・エガース『ザ・サークル』では、(Googleなど)巨大IT企業による情報収集が個人の秘密をなくし、結果的に単一化のディストピアを産み出すというお話だった。しかし、ディストピアを創り出すのは、結局のところ「誰か(他者)」ではないのだ。国家でも企業でもなく、強制でも弾圧でも陰謀でもなく、それを無批判に(時には)熱狂的に支持した、あなたやわたしなのだと本書は告げている。