江波『銀河之心Ⅰ 天垂星防衛(上下)』早川書房

银河之心 天垂日暮,2012(中原尚哉、光吉さくら、ワン・チャイ訳)

カバーイラスト:麻宮騎亜
カバーデザイン:岩郷重力+M.U

 江波(ジャン・ポー)は1978年生まれの中国作家。本書は《銀河之心三部作》の第1巻にあたる。完結した2017年に銀河賞最優秀長編小説部門賞を受賞した人気作。初紹介となる中国の長編スペースオペラである。翻訳は《三体》と同様の大森望方式(中国語訳者とリライトするSF訳者を分けたスタイル)だが、今回はSF訳を(「弊機」で日本翻訳大賞を獲った)中原尚哉が担い、四文字熟語など原文の漢字を生かす独特の文体に仕上げている(訳者あとがき参照)。

 遙かな未来、どことも知れない宇宙。主人公は元軍人だったが、今は老朽宇宙船で日銭を稼ぐ放浪者に過ぎない。ところが一攫千金を狙って伝説の黄金星を探索する過程で、遭難した巨大環形船を発見する。やがて、謎の暗黒勢力による侵攻の危機が迫っていることが明らかになる。未知の敵に備えるためには、星系間で対立する人類の糾合が不可欠だった。

 400万年もの超未来、人類は銀河にあまねく広がっていた。星門(スターゲート)経由での交流はあるものの、版図は広大で統一を図るのは困難だった。その結果、人類はさまざまに分化している。人工惑星熊羆(ゆうひ)要塞を拠点とする雷電ファミリーは、数万人以上が住む環形(リングワールド)の世代宇宙船を有する巡邏者=沙川人の一族だ。一方、赤色巨星を巡る天垂星は繁栄する惑星で人口が多く、古家や蘇家ら由緒ある家系が軍を率いている。

 近年のスペースオペラとなると(たとえ大軍団が出てきても)壮大な銀河帝国というより、ミニマムな(個人技の)アクション小説になりがち、という印象がある。悪くはないのだが、宇宙を舞台にするのなら相応の奥行きも楽しみたい。本書の宇宙戦闘シーンは《三体》風、遡れば《銀河英雄伝説》風でもある。東洋的な渺々たるスケール感がある。また、淼(びょう)空間(=浅層亜空間)を使う弾跳(ワープ)、決まり文句の「銀河在上」も含め、和訳しなくともなんとなく分かる漢字表現が面白い。

 300年のタイムラグで知人も生きる目的もなくした主人公、6歳児並の船内AIと黎明期から生きた古老AI、名誉を重んじ悲壮感漂う名家の将軍たち、集団で力を発揮する緑色人、乱暴だが忠誠心のある宇宙海賊と登場人物の性格付けも東洋的である。一応の結末はあるものの、主人公が「銀河之心」を探索する旅は始まったばかりだ。