
カバーデザイン:さーだ
WebマガジンCobaltの公募賞、ディストピア飯小説賞(2021)に寄せた連作(2021~23)5作品(応募作ではない)に、オレンジ文庫HP掲載作(須賀しのぶ)と書下ろし2編(新井素子、人間六度)を加え、第2回同賞公募開始を機に文庫化したもの。副題が「SFごはんアンソロジー」となっている。
深緑野分「石のスープ」食糧が逼迫し供給が統制された未来のいつか、天才博士はお湯で煮るだけで無限のスープを産み出す謎の石を発明したと言うのだが。
竹岡葉月「E.ルイスがいた頃」親の離婚手続きの関係で、月から地球に住む祖父に一時的に預けられた少女は、そこで思いがけない祖父の姿と食生活を知る。
青木祐子「最後の日には肉を食べたい」わたしは肉が好きだ。わたしの中にはルカがいて、いつでも相談をすることができるが、そのきっかけも肉なのだった。
辻村七子「妖精人はピクニックの夢を見る」感染症で隔離生活に入った主人公の元に、ある日お菓子なのか薬なのかよく判らないものが届けられる。
椹野道流「おいしい囚人飯『時をかける眼鏡』番外編」王国の財政立て直しのために、主人公は奇抜な牢獄ツアーを企画する。そこでは提供する食事が問題だった。
須賀しのぶ「しあわせのパン」ある独裁国家では、市民に栄養と平穏を与える「しあわせのパン」が作られていた。しかし暴動後にその製造方法は失われる。
人間六度「敗北の味」廃墟に残されていた板前ウェイト(ロボット)は、人間の兵士に失われた料理を披露する。ただ、どうしても足りない味があった。
新井素子「切り株のあちらに」人口減に苦しむ地球を離れ、植民星で新たな生活を始めた人々だったが、地域間の食糧生産格差が生まれていた。
もともとのテーマが「ディストピア飯」なので、食糧難などにより食事の愉しみを奪われたディストピアが大半の作品で描かれる。登場人物たちは(現在ある)ふつうの食品や香辛料にこだわり、奪取のためにさまざまな行動に出る。とはいえ、本書には本格的に食糧問題に踏み込むヘビーな作品はない。既存作とのアイデアの類似性は少し気になるものの、中では「妖精人はピクニックの夢を見る」が思わぬ展開を見せてユニーク。一方「しあわせのパン」と「敗北の味」はペアのように読める。食に対する人間の飽くなき執念、量や栄養だけでは満足できない欲望が共通に感じ取れるからだろう。
- 『神の水』評者のレビュー