
カバーイラスト:鈴木康士
カバーデザイン:岩郷重力+W.I
本書は今年8月のシアトルで開かれた、世界SF大会2025でヒューゴー賞を受賞(長中編=ノヴェラ部門)したばかりの旬な作品である。200ページ(250枚ほど)のコンパクトな一冊、勝山海百合の解説も公開されているので手に取りやすいだろう。著者は1976年にカナダで生まれ、カリフォルニアで育ったあと、ロシア、中央アジア、コーカサス、ベトナム、コソボと世界各地で働いた経歴(政府機関や国際機関)を持つ。その体験も作品に生かされている。
野生の象が組織的な密漁により絶滅してから、百年を経た後の未来。ロシアではシベリアに巨大な保護区が作られ、マンモスを遺伝子操作で復活させるプロジェクトが進んでいた。温暖化が進むシベリアでは、生態系の頂点に立つ新たな生き物が必要なのだ。しかし、野生を知らない人工飼育のマンモスでは、繁殖どころか自身の身すら守れない。そこで、過去に象の保護活動に奔走した一人の生物学者のデジタルデータが、一頭の雌のマンモスに転送される。象は母系社会なので、この雌がリーダーになる。
閉塞感が漂う死んだ生物学者の過去、保護区に侵入し密猟を生業とする親子、莫大な費用を負担してマンモス狩りにのめり込む富豪とパートナー、それをプロジェクトの必要悪と諦観する科学者などなど、中編小説とは思えないほどの人物が詰め込まれている。
文明(特に欧米)は、環境破壊を引き起こした張本人である一方、絶滅危惧種の保護にも熱心という正反対の一面を持つ。その矛盾が、密猟者と保護レンジャー(どちらも欧米人ではない)の殺し合いに顕われる。動物を守るために人が死ぬのだ。本書ではそういう相反する立場の人物が、象の現在と復活マンモスの未来に登場し悲劇を生む。短いながらも奥深い物語だ。
- 『マンモス』評者のレビュー(バクスターの擬人化マンモスもの)