
装幀:水戸部功
これまで断片的にしか紹介されてこなかった〝ホラーの化身〟リゴッティの、全9編からなる日本オリジナル短編集である。1996年に出た自選集からの収録なので、書かれたのは80~90年代頃のものとなる。しかし、時代性を超越する本書の作品に、40年程度の歳月はあまり影響を及ぼしていないようだ。
戯れ (1982)刑務所に勤務する精神科医は、名を明かさない1人の患者から、収監されているのは戯れなのだと聞かされる。
アリスの最後の冒険 (1986)昔の知り合いの葬儀に出席したあと、児童書作家の主人公は、自分の書いたお話にまつわる出来事が周囲で起こっていると気がつく。
ヴァステイリアン (1987)奇妙な書店で主人公を魅了した本は、とてつもなく高価だったが、ある男の助けでなんとか手に入れられる。
道化師の最後の祭り (1990)道化師の研究をする男は、田舎町に知られていない愚者の祭があり、そのパレードに道化が登場することに興味を引かれる。
ネセスキュリアル(1991)手記は島の宗教遺跡について書かれたもののようだった。それは邪神ネセスキュリアルを祀っていた。
魔力 (1991)遅い時刻に、家から離れたところにある映画館に入る。「魔力」という映画を上映しているはずが、そんなものはないと撥ね付けられる。
世界の底に潜む影(1990)黒い茎がトウモロコシ畑の地面から芽吹く。取り払おうとすると、底知れぬ穴が開き……。
ツァラル(1994)出て行こうとしてもまた戻ってしまう町。呪われた町で牧師の父が持つ禁断の書「ツァラル」には、神々より古いものが書かれている。
赤塔(1996)廃墟と化した工場には、どこにも出入り口が見られない。そこはおぞましくも不可解で奇妙な商品を製造していた。
超常的なサイコパス、フィクションの現実化、異界を呼び出す本、田舎町の因習的な祭、邪神の存在、異様な映画館、深淵に開く穴、閉ざされた町と古きもの、異次元に続くような工場。たしかに、ラヴクラフト風、宇宙恐怖風の作品もある(「道化師の最後の祭り」などはラヴクラフトに捧げられている)。とはいえ、これらは(相似性はあるものの)クトゥルーものではないし、登場人物たちの狂気には、不条理で現実離れしたむしろシュールな雰囲気が付き纏う。編者解説によるとリゴッティには反出生主義の影響が強く見られるという。日常でもオカルトでもなく、哲学的な思想から非現実に接近しようとする作風は、他のホラー作家には見られない特徴だろう。哲学の本質がホラーなのだとしたら、それはそれで恐ろしいのだが。
- 『ブラック・トムのバラード』評者のレビュー