著者は1991年生まれのアメリカ作家、両親はガーナ移民だったという。本書はデビュー短編集なのだが、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに挙がるなど高評価を得た。
「フィンケルスティーン5」黒人の子供5人をチェーンソーで殺した白人男が無罪になる。そのあとに、黒人による無差別な復讐がはじまる。「母の言葉」貧しかった時代に、母がよく口にした言葉とは。「旧時代<ジ・エラ>」長期/短期大戦を経た社会では、誰もが本音でしかしゃべらなくなる。「ラーク・ストリート」彼女が堕胎ピルを呑むと、双子の胎児が彼の前に現れて罵りだす。「病院にて」異形の神と取引した作家志望の男が、人で溢れる病院に父親を連れていく。「ジマー・ランド」そのテーマパークは、プレイヤーが役者を撃ち殺すアトラクションを売り物にしている。「フライデー・ブラック」ブラック・フライデーの当日、モールには狂人化したお客が殺到する。「ライオンと蜘蛛」父が行方不明になった。主人公は過酷な荷下ろしのバイトに就くが。「ライト・スピッター──光を吐く者」友人のいない大学生が、銃で見知らぬ女子学生を撃って自殺する。しかし、そのまま二人は霊体へと変化する。「アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」」モールの販売主任がお客に弄する売上の極意。「小売業界で生きる秘訣」わずかにできるスペイン語を頼りに、ヒスパニックの女性と会話する女性店員。「閃光を越えて」核戦争が起こり人々は時間ループに閉じ込められる。しかも記憶は消えず蓄積されるのだ。
冒頭の作品では、陪審員裁判での人種差別を根底に置きながら、際限のない暴力へと落ちると見せてわずかな希望を残す。その他にも、所得/医療格差、ポリティカル・コレクトネス、銃社会、移民問題などアメリカの現実が鏤められている。とはいえ、それらは背景であって、まずは特異な奇想小説として楽しむべきだろう。自由に本音が語られたらどうなるか、いくらでも人が撃てたら楽しいのか、バーゲンに殺到する人々がゾンビだったら、地獄のような時間ループに巻き込まれたら、などなどである。
『十二月の十日』などで知られるベストセラー作家ジョージ・ソーンダーズが、大学院創作研究科での恩師だったという。著者にはソーンダーズほどの職業経験はないと思われるが、モールの販売員を主人公にした話には、恩師の影響があるのかもしれない。SF的な奇想小説が多いのは、近年紹介される短編作家に共通する特徴だろう。