副題が「ル=グウィンの小説教室」とあり、自らが主催したワークショップ(創作講座)の内容をまとめた1998年版を、21世紀の現状に合わせて改めたアップデート版である。経験ゼロの純粋な初心者向けではなく、すでにプロアマを問わず作品を書いている作家のための手引き書だ。もともと英語の技法について書かれているので、日本の読者には合わないのではないかと思われるが、発売(7月30日)1ヶ月で3刷と好評である。ファンの多いル=グウィンの本であること、翻訳者にも参考になること、豊富な練習問題が読者のチャレンジ精神をくすぐるという面もある。ただし、問題に「模範解答」はないので、答え合わせは自分で行う必要がある。
作品を声に出して朗読することによって文のひびきを知ることができる、どこに句読点を打つかで印象はまったく変わる、一つの文の長さをどれぐらいにすべきか、繰り返し表現は冗長ではなく効果的に使える、いかに形容詞と副詞をなくして文章を成立させられるか、人称と時制をごたまぜにすると読み手が混乱する、どのような視点(ポイント・オヴ・ビュー)を選ぶかで語りの声(ヴォイス)は違ってくる、視点の切り替えは自覚的にすべきだ、説明文で直接言わず事物によって物語らせる、文章に的確なものだけを残す詰め込み(クラウディング)と不要なものを削除する跳躍(リープ)が必要である(以上は評者による要約)。
「言葉のひびきこそ、そのすべての出発点だ」文章を声に出して(小声ではだめで、大きな声で)読み上げる。コンマ=読点は日本語でもあるが、コンマ(休止)とセミコロン(短い休止)を使い分け息づかいを調整する技などは、読み上げを重視する著者だからこそ。形容詞と副詞をなくすのは難しい。その難しさを克服することで文章が磨かれる。ル=グウィンはまた文法を重視する。最近はアメリカでも実践重視で、文法(グラマー)はあまり教えなくなったらしい。しかし、文法に則った文書を分かっていないと、それを壊した新たな文体を生み出すことはできない。単にでたらめになるだけである。人称に伴う視点と時制(日本語では明確ではない)も厳密にコントロールしないと混乱した文章になる。
英語向けではあるが、これらは日本語を書いたり読んだりする上でも意味がある。ジェーン・オースティンからヴァージニア・ウルフなど、古典作家による豊富な実例も載っている。エンタメ小説だからといって、単に筋書きとアクションシーンだけでは成り立たない。本書で述べられた各種の技巧(クラフト)を駆使することで、彩りやリズムが生まれ深い印象を与えられるのだ。付録には合評会(リモートも含む)の具体的な運営方法が載っている。仲間の意見は貴重だが、誰かの一人舞台になったり、けなし合いや褒め合いに陥りがちだ。同様のことを進める際の参考になるだろう。