安野貴博『松岡まどか、起業します』早川書房/柞刈湯葉『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』新潮社

 今週はSFコアではない(ほぼ現代小説である)ものの、共にとてもSF的でロジカルな書かれ方をしている2作品をとりあげる。AIが一つの要素を占めている点も(今どきの)共通点だろう。

扉イラスト:丹地陽子
扉デザイン:鈴木大輔・江崎輝海(ソウルデザイン)

 都知事選で一躍時の人となった著者だが、『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』は、その本業の知見を凝集した「起業小説」である。デビュー作『サーキット・スイッチャー』と同様、本書中の起業もまたAIがらみだ。

 主人公は大学4年生、内定先の人材関連大手リクディード社でインターンとして働いていた。配属先は超多忙な事業企画室で、切れ者リーダーの指導を受けながら仕事を覚えていく。この会社はAIの利用規定がとても保守的だった。ところがある日、主人公まどかは事業部長に呼び出され、内定取り消しを告げられる。

 同じころ、起業するなら投資をするという甘い誘いがある。破れかぶれになった主人公は契約を結ぶが、契約書には1年以内に企業価値が10億円にならなければ、会社側が莫大なペナルティを負うという落とし穴条項が仕掛けられていた。目標達成の目途は全く立たない。それでも、あの厳しかったリーダーが(なぜか)離職してまで参画してくれる。

 リーダーのサポートを受け、資金を得るためのピッチをスタートアップと投資家のマッチングイベントで披露、頼りになる技術者も仲間になり、何よりまどかにはAIを使いこなすセンスがあった。しかし、最初の資金調達は何とか成功するも、競合するリクディードからのさまざまな妨害と、出資者からの突き上げがまどかを翻弄する。

 PDCAとかの会社用語だけでなく、スタートアップ特有のタームが飛び交う。スピードが重要なため、会社方針のピボットが行われたり、まずは資金を得るためのセル・ビフォア・ビルドをする、などなどだ。お金が必要なAIの技術開発最前線は(金融工学などと同様)アカデミアではなく企業で生まれる、とも書かれている。

 物語は、ITにまつわる世間を騒がせたトラブルも取り入れ、わずか1年のレンジで起こる危機また危機の連続や、一歩間違えば黒字でも倒産する紙一重の資金調達(時間勝負なので資金をストックする余裕がない)と、クリフハンガーな展開になる。とはいえ、結末はなかなかリアルである。決してありえないものではない。最後には(いまでもこのようなサービスはあるのだが)、ちょっとSF的でエモーショナルなシーンがある。

カバー装画:さけハラス   カバーデザイン:川谷康久(川谷デザイン)

 『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』は、新潮文庫nexから出た、柞刈湯葉の書下ろし長編である。nexはキャラ重視のレーベルなのでJKも出てくる。ラノベ風味をあまり感じないのは、他人の気持ちが分からない理系男子が主人公のせいもある。

 地方に住む大学生の主人公が、バイトで霊媒師の助手になる。真夏なのに黒紋付の和服を着こむその霊媒師は、百歳で亡くなった曾祖母(ひいばあちゃん)の学友だと称するのに、母親より若く中年女性としか見えない。

 バイト代の気前はよいが、仕事は不可解で不条理なものばかり。道路でエアバックを膨らませ、航空券のeチケットを燃やし、空き地で糸を焼き、増水した川に浮き輪を投げたりする。霊媒師が見えるという霊を、主人公はまったく見ることができないのだ。ただ、霊が残ることには何がしかの根拠があって、嘘ばかりだとは言えない。そのメカニズムの解明に興味が向く。

 主人公は中高と学年トップで勉強がよくできた。遠方の難関校に興味はなく、地元大学を選び自分で文献を調べ勉強する。舞台は地方都市、両親の家から通学し、曾祖母や祖母が暮らしていた古い本家もすぐ近所にある。曾祖父母はかつては町の名士だった。霊媒師も近くに住んでいる。おどろおどろしいというより、どこにでもある地方の町と思える。

 意図的に超常的なホラー臭を消した設定だ。そこに文学部の女性講師(この講師と、上記『松岡まどか』の冷静なリーダーは立ち位置が似ている)や女子高生が絡み、町の「埋蔵金」が明らかになるなどミステリぽくなっていく。物語は2019年に始まり、コロナ禍を経た2024年にエピローグとなる。結末にはちょっとだけAIが出てくる。続編があるのなら、生かされるのかもしれない。