馬伯庸『西遊記事変』早川書房

太白金星有点烦,2023(齊藤正高訳)

扉イラスト:月岡芳年
扉デザイン:水戸部功

 著者は1988年生まれの中国作家、昨年出た『両京十五日』(2022)は歴史ミステリ/冒険小説として一躍話題を呼んだ(『このミステリーがすごい!2025年版』の海外編1位)。代表作『長安二十四時』などのドラマもヒットしている。本書はちょっと変わった切口で書かれている。歴史ものではなく、誰もが知る『西遊記』で玄奘三蔵や孫悟空はもちろん出てくるが、(原題を見ても分かるように)主人公が神仙の太白金星(李長庚)なのだ。

 天庭に属する啓明殿の殿主、老神仙の李長庚に、玄奘が経典を持ち帰る旅を支援せよとの指示が下りる。これは玄奘の属する仏祖霊鷲山(りょうじゅせん)から、天庭の霊霄殿(れいしょうでん)に直々に依頼されたものだった。管轄外のはずの謎めいた指示書を見て李長庚は思案する。観音とともに玄奘に八十一の試練を与え、仏へと昇格する実績を積ませろというのだ。旅の供となる弟子、猪八戒や沙悟浄たちも、すべて有力神の後ろ盾を持つ曰わくものばかり。そして、天界を荒らした斉天大聖(孫悟空)が五行山から解き放たれる。

 主人公は天庭(道教)の官僚である。仏祖(仏教)は天界で同格の勢力であり、官位やその地位を巡ってそれぞれの思惑がひしめいている。玄奘に与えられる試練は箔付けのために仕組まれた茶番にすぎないが、利害を持つ他の組織から妨害や横やりが次々入ってくる。李長庚はそれらをうまくいなし、ミッションを成功させないといけない。自分の出世に関わるからだ。猿の身で天界に上がろうとする孫悟空にも背景となる裏事情があった。

 この作品を、著者は大長編を書いた後の筆休めに(1ヶ月余で)書いた、とうそぶいている。といっても、並の長編の(一千枚は切る)長さはあるし、複雑怪奇な天界の権謀術数を西遊記の記述に倣って描くという離れ業なので、とても書き飛ばしの作品とは思えない。一心不乱に書き進められる没入型の作家なのだろう。漢字だらけで登場人物多数、舞台となる唐帝国や『西遊記』が完成した明の時代(さらには現代まで)を反映した複合的な小説ながら、一気呵成に読み進められる。