
装丁:大倉真一郎
装画(キャラクター):くるみつ
著者はマーガレット・アトウッドに師事した英国の作家で、ゲームライター、BBCラジオ科学番組のプレゼンターなど多彩な仕事をこなす才人だ。先に出た『パワー』(2016)は、ベイズリー賞(現在の女性小説賞Women’s Prize for Fiction)を受賞し、世界的なベストセラーになりドラマ化もされた。本書は、(GAFAのような)テック企業の覇者たちがたくらむ「未来」に、一人の(ユーチューバーのような)動画配信者が関与していくという物語である。なお、表紙のウサギとキツネのキャラは農耕民と遊牧民を象徴したもの(何のことかは本書で)。
ソーシャル・ネットワーク企業のCEOは、瞑想中に緊急の警告メッセージを受ける。同じころ物流大手のCEOや、パーソナル・コンピュータ企業のCEOにも同様の通知が届く。それは、世界の終末が到来することを告げていた。始まりは数ヶ月前、シンガポールでのイベント中に、サバイバルを専門とする人気配信者が正体不明の暗殺者に追跡される事件からだった。
群像劇だがメインの主人公は香港系英国人の配信者で、パーティで知り合ったSNS企業の秘書と関係を持ち(どちらも女性)幹部たちと接近する。FacebookやTwitter(X)、Amazon、Appleなどのいわゆるテック系世界企業がモデル(『透明都市』を参照)である。設定は出版された2年前のテック勢力図を反映していて、AI(AUGR=オーグル)は出てくるものの主役ではない。
ビッグテックも、もともとはベンチャー企業だった。創業メンバーには自社株が割り当てられ、株価が高騰した結果(雇われCEOなどとは比較にならない)巨万の富が得られたのだ。ただ、彼らの関心は自分たちの肥大化にあり、富を世界の救済に使おうとは思っていない。本書に出てくる富豪たちはさらに矛盾に満ちており、世界の絶滅を恐れ少数の仲間だけの生き残りを画策する。大部の物語だが、意外な結末まで二転三転しながらも一気に読み進められる。
2025年になって、テック企業の非倫理性や権力への追従(対象が本書で描かれた中国ではなく、母国アメリカなのは皮肉なことだが、要するに強い権力であれば誰でもよいのだ)はより顕著になった。そのため、ここに提示された地球環境的な「未来」(その是非はともかく)を実現する推進力は弱まってしまった。日々変わる状況に合わせて課題を整理し、アップデートしていく責任はむしろ読者の側に委ねられている。
- 『未来省』評者のレビュー